映画評353 ~ 20世紀少年 最終章/ぼくらの旗 (09.8.29)

今回は「20世紀少年 最終章/ぼくらの旗」

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待ちに待った最終章である。

主演は、唐沢寿明
共演は、豊川悦司、常盤貴子、平愛梨、香川照之、古田新太、黒木瞳、木南晴夏
その他、石塚英彦、宮迫博之、佐々木蔵之介、中村嘉津雄、石橋蓮司など
あと、佐野史郎、藤木直人、森山未來、高橋幸宏、小池栄子など、出演者だけでも相当なものだ。

<ストーリー>
「ともだち歴3年」の2019年、世界は世界大統領として君臨する「ともだち」に支配され、殺人ウイルスがまん延する東京は壁で分断。都民の行動は完全に制限されていた。そんな中、カンナは反政府組織として武装蜂起する一方、「血の大みそか」以降、行方がわからなくなっていたケンヂが突然現われる。そして、「ともだち」の正体がいよいよ・・・


さて、今ちょっと悩んでいる。

感想をどう表現しようか・・・・では、もちろんない。

評価を、「D」にするか「E」にするか、だ。

ストーリーだけなら、「C」程度でちょうどいい。
感想は、すでに第一作・第二作で書いたのと、まったく同じ。
荒唐無稽な設定はいいのだけれど、そのどれもが「ガキの発想」の域を出ていないにもかかわらず、スケールだけは意味なくデカい。

問題は、「『ともだち』っていったい誰だろう」と、ここまで思わせぶりな引っ張りをしておいて、あの結末はないだろう、ということだ。


ここからは、ネタバレ全開でいきます!

だいたい、「カツマタ」って誰だ?
第一作・第二作に出てきていないヤツ(実際には、文集?の中でちょこっと出てきているが)を、物語の主人公なんかにするな!

ネットでの感想を見てみると「『ともだち』が誰かなどどうでもよくて、ストーリーそのものを楽しむべきだ」と書いているヤツがいたけど、『ともだち』が誰でもいい、なんて考えている時点で、何も考えていないのと同じだろう。

それはいいとしても、この設定はおかしい。

最後の場面で、『ともだち』がマスクを取ると、そこには「フクベエ」がいた。
しかし、実はそうではなくて、『ともだち』は「フクベエ」に成りすました「カツマタ」くんであることが、最後の最後にわかる。

どうして、成りすましていたのか。
実は「フクベエ」は、小学校5年生の時に死んでいるからだ。
当時、フクベエを含む同級生にイジめられていたカツマタくんは、代わりにフクベエに成りすました、というわけだ。

しかし、こういうことは、ゼッタイにあり得ない!
はっきり言うが、ゼッタイに、だ!

「カツマタ」くんは、泥棒に間違えられたせいで、同級生から「忘れられた存在」となってしまう。
つまり、「もう死んだこと」になっているわけだ。
だから、皆から忘れ去られてしまった、ということらしい。

ここの時点で、すでにおかしい。
例え、皆から無視されたとしても、完全に忘れ去られることなどない。
「死んだことになっている」のと「死んだ」のとは、まったく違う。
いくら存在感のないヤツでも、誰かが覚えている。
そんなものだ。

でも、まあここまではあり得るとしよう。
しかし、そのカツマタくんが、フクベエに成りすますことだけは、ゼッタイにあり得ない。

この前提は、「フクベエが小学校5年生の時に死んだから」ということだけど、いくら小学校時代のこととは言え、同級生が死んだのであれば、普通は覚えている。
私などは、誰が転校したのかも、だいたい覚えている。
少なくとも、名前を言われれば、すぐに思い出す。
特に、人の死なんて、小学生にとっては相当大きな出来事のはずだ。

しかし、あり得ないのは、これだけが理由ではない。

カツマタくんとは違い、このフクベエには「友達」がいたからだ。
少なくとも、カツマタくんほど存在感がないわけではない。
そんな人間が、同窓会に出てきたら、皆ビックリするに決まっている。

つまり、同窓会で、カツマタくんとフクベエを見間違えることなど、ゼッタイにないわけだ。
たとえ、見かけがわからなくても、ちょっと話をすればすぐにバレる。
だから、カツマタくんがフクベエに成りすますことなど、100%あり得ない。

さらに言えば、友達のいないカツマタくんが、オッチョの昔のことなど知っているはずがない。
だって、遊んでもらえなかったわけだから。
いくら、ケンヂたちに付きまとっていたとしても、一緒に遊んでいない人の言ったことややっていることなど、想像もできるはずがない。

こんなバカな設定を、よくも思い付いたものだと思う。
この最後の最後のドンデン返しによって、物語のすべてがぶち壊しになっている。

もう、それだけ。
せっかく、いろんなキャストが出ているし、それぞれがそこそこの存在感のある演技をしている、というのに。

まあ、武蔵とロンブー敦は下手くそだったけど。
高橋幸宏やダイムモンド☆ユカイなんて、はなっから演技なんかしてないし。

ストーリーについてなんて触れる気にもならないけど、あえて言えば・・・

あの世界を滅ぼすウイルスにしても、黒木瞳演じるキリコが、自分の体でワクチンを試していた時に、「潜伏時間は12時間」と言っていたはずなのに、映画の後半で、そのウイルスを浴びた人たちは、ほとんど即死していた。
さらに、キリコが開発に成功したワクチンも、かなりの副作用があると言っていたのに、それを投与したカンナは、何の異常もなかったし。

もう、すべてがムチャクチャ。

結局のところ、評価をどうしようかと悩んでいるのだけど、ここまで期待して楽しんだ映画も、なかなかないので、結論としては、ギリギリのところで「D」に留めておきます。

場合によっては、原作を読もうかと思っていたけど、やめときます。

なお、原作でも、『ともだち』はフクベエで、映画と違うのは、実際にフクベエが『ともだち』を演じていて、途中で死んだので「カツマタ」くんが後を継いだとのこと。

むしろ、原作通りでやった方が、まだよかったんじゃないの?


(追記)

「20世紀少年 最終章」の続き。

昨日は、とにかく「何だよ、これは!」との思いが強すぎて、イライラしながら書いていたのだけど、もう一度冷静になって振り返ってみる。

思い出してみて、もっとも「これはあり得ないだろう」と思う場面は、やはり同窓会の場面。

第1作では、ケンヂもケロヨンもマルオも、もちろんフクベエも、懐かしそうに話をしていた。
その時点で、どうして「フクベエって、死んだはずじゃあ・・・・」って言いだすヤツがいなかったのか。
だいたい、フクベエは小学校5年生の時に亡くなったはずなのに、どうして大人になったフクベエ(に扮したカツマタくん)を見て、「よお、フクベエ」などという展開になったのだろう。

「お前、誰だ?」
「オレはフクベエだ」
というやり取りがあったとしても、その時点でフクベエの死を覚えている誰かに指摘されて「ウソつけ!」で終わり。
そこまでの危険を冒してまで、わざわざ同窓会に出席する意味などないはず。

それとも、フクベエとカツマタくんは双子だったとでも?
それにしては、最後エンドロールの後に出てきたカツマタくんの顔は、フクベエの子供時代とは似ても似つかない。
生活環境が変わったから、と言うのであれば、その後大人になった時には、さらにわからないはずだ。
何にしても、「小学校5年生の時に亡くなっている」わけだから。

このことを含めて、全体的に、監督自身が「ともだちは誰か」ということに対して、いろいろと策を弄しすぎているきらいがある。

最終的に、「ともだち」が「カツマタ」くんであったとしよう。
そうすると、ヤマネに殺された「ともだち」のダミーって、いったい誰なんだ。

こいつは、単なるダミーではない。
オッチョが、銃を構えて目の前に現われた時、即座に立ちあがって「やあ、落合くん」と言い、「覚えているかい?」と昔の話を始めた。

つまり、こいつもオッチョやケンヂの昔の同級生でなければおかしい。
それとも、事前にいろいろとレクチャーをして、「オッチョはこういうヤツ、ケンヂはこう」とか、いちいち教えていたというのか?
たぶん、監督はそんなことまで考えていなかったのだと思う。

なお、原作では、この時点(オッチョが現れた時)では、まだ生きているフクベエだったということ。
こちらの方が、筋は通っている。

さらに、劇の前半で、オッチョが「もしかして、ヨシツネが『ともだち』かも知れない」という思わせぶりな場面がある。
話を混乱させようというこの手の手法は「あり」だろうが、その後の展開で、またまたこの監督はわけのわからないことをやっている。

「ともだち」が、中性子爆弾を積んだロボットを新宿に向けて発進させた時、そのロボットには、「ともだち」だと思わせる覆面をかぶった男がいた。
ケンヂが、このロボットを止めようとして、ロボットに侵入し、操縦室でこの男と対峙し、取っ組み合いをする。
そしてケンヂがロボットを横倒しにした後、出てきたこの男に対して、今度はオッチョが出てきて、その覆面を剥ぎ、「やっぱり、お前か」と言う。

その男・ヨシツネは「違う、オレはただロボットを止めようとしただけだ」と言い、信用しないオッチョに対して、ケンヂも「ヨシツネは『ともだち』じゃない」と言う。

この展開も、何気なく読んでいると何ともないようだけど、よくよく考えてみると、かなりおかしい。

ヨシツネは、「『ともだち』に会った時、薬を嗅がされて、覆面を被せられ、気が付くとこのロボットにいた」と言い訳をしている。
「ともだち」が、ヨシツネを犯人に仕立てようとした、ということにしたいのだろうが、ひとつ忘れちゃいないか?

ヨシツネは、ケンヂと組み合っているのだ。
その時に、一言「オレはヨシツネだ」と言えばいいだけ。
わざわざ、ケンヂと取っ組み合いをする必要なんかない。

もしかして、しゃべれなくなっていた?
だとしても、手は使えていた。
自分でも「ロボットを止めようとしていた」と言っているわけだから。
だったら、覆面を取ればいいだけ。
別に、頭から取れなくなっているわけではない。
オッチョが、簡単にヨシツネから覆面を剥いでいるわけだから。

つまり、監督が最後のクライマックスに持っていくために、余計な伏線を張ったのはいいけれど、そのために辻褄が合わなくなったことに気が付かなかったのか、あるいは「どうせ、気が付くヤツなんかいやしない」と高を括ったのか。
いずれにしても、ムダな場面だ。

細かいところで言えば、このロボットは「ともだち」が持っている操作ボックスでしか動かない、という設定のようだったが、実際には、ロボットの操縦室に「AUTO」と「MANUAL(?)」のボタンがあり、ケンヂもすぐに気が付いて、手動操作に切り替えている。
ロボットの発進以降、ずっとこのロボットの中にいたヨシツネは、いったい何をやっていたのか。
たぶん、監督自身も気が付いていなかったんだと思う。

ついでに言えば、ケンヂが「手動」に切り替えたことにより、ロボットは「ともだち」の操作ボックスでは動かなくなっているはずだが、ケンヂやオッチョの前に現われた「ともだち」が、操作ボックスのボタンを押すと、再びロボットは動き始めた。

いったい、どういう構造になってるんだ?
もしかして、「自動」と「手動」も、このボックスで切り替えられる、ということ?
そんな機械は、安全上問題があるので、普通はあり得ない。


それ以外にも、いろいろと思い出してきた。

「ともだち」が「まずは東京を滅ぼす」ということで東京に繰り出させた円盤で、ウイルスを撒き散らしていたのだけど、その数はたったの2基。
まあ、開発の都合上仕方がなかったのだろうが、それにしても、その2基が仲よく並んで飛び回っていたけど、東京っていっても広いぞ。
別々に飛び回った方が、効率がいいだろうに。

そんなことしてるから、オッチョや「13番」に撃滅させられてしまうんだよ。

あと、もしかしたら「笑わせよう」としているのかも知れないけど、見ていて「はあ?」と思わせた場面。

まず、ケンヂが壁の内側(東京側)に入ろうとした時、通行証を持っていなかったため、漫画家に作らせた偽造通行証で入ろうとした。
その時の名前が「ヤブキ ジョー」

いや、別にいいんだけど、ここの関所のシステムって、いったいどうなってんの?

それから、最後にケンヂが万博会場に現れた時。

ケンヂは、古いバイクに乗って登場するのだが、なぜか春波夫らがコンサートをしていた舞台に激突して、横転する。
別に、よそ見をしながら運転していたわけではない。
まっすぐ前に向かって、しかもゆっくりと進んでいき、そしてぶつかった。

どう見ても、「わざとぶつかった」としか見えないのだが、ケンヂは「あっ、いけねえ」みたいな態度を取った。
ここは、もしかして笑わせたかったのか?
何のために?
まったく必然性のない場面だと思ったのだけど・・・

どにかく、全体的にこの監督がやりたかったことが、よくわからない。
「原作とは違った展開」って大袈裟に宣伝していたけど、結果的にそれがすべて裏目に出ているようにしか思えない。

特に、「ともだち」の正体の部分は、完全な判断ミス。
だったら、最初から原作通りにしておけばよかったのに。

原作は、いったいどうなっているんだろう・・・・
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映画評352 ~ 96時間 (09.9.21)

今回は「96時間」

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誘拐された娘を救出するために奔走する元CIA工作員の父親の活躍を描くバイオレンス・アクションだ。

主演は、リーアム・ニーソン
共演は、マギー・グレイス、リーランド・オーサー、ジョン・グライス、ファムケ・ヤンセンなど


<ストーリー>
17歳になったばかりのキムが、友だちと初めての海外旅行で訪れたパリで何者かに誘拐される。まさに誘拐される瞬間にキムと携帯電話で話していた父親のブライアンは、自らの手で犯人たちを地獄の果てまで追い詰め、娘を奪還しようと決意し、単身パリに乗り込む。誘拐犯はアルバニア系の人身売買組織だと判明。政府の秘密工作員として活動してきた経験を生かし、単独で捜査を開始する。


事前情報はほとんどなかった。
主演のリーアム・ニーソンについても、あまり知らなかったし。

展開は、ムチャクチャ早い。

尻軽女の友達に誘われて海外旅行をする頭のちょっと弱い娘は、パリに着く早々に誘拐される。
パリでの楽しい一日なんて、まったく経験させない。

そして、父親である元CIA工作員は、携帯電話から録音した声を元に、すぐに犯人を特定する。
この間、数時間程度しかたっていない。

さらに、パリに直行するや、娘たちが予約していたホテルで見つけた娘の携帯電話に映っていた写真から、すぐに犯人グループの一人の顔を見つけ出す。
次の瞬間には、空港で次の獲物を探していた、その犯人の一人を見つけるや、追いかけて死に至らしめる。

ここで情報が途切れるかと思いきや、今度は現在パリ警察にいる昔の同僚に協力を依頼するが、非協力的なため、逆にこの元同僚を利用して、犯人までたどり着く。

と言うか、実はこの元同僚が後ろで糸を引いているのだが、どうしてそれがわかったのか、私にはわからなかった。
たぶん、見過ごしてしまったのだろう。

そして、娘を誘拐した犯人を、拷問の末に殺した後、売られた先に直行。
そこで、一度は捕まってしまうものの、難なく脱出すると、歯向かう敵を皆殺し。
さらに、どこかの富豪に売られた娘を追って、クルーザーに乗り込み、出てきた悪漢どもを、またまた皆殺し。
最後は、そのあくどい富豪までも殺して、見事娘を救出。
目出度し、目出度しである。

こう書くと、まるで文句を言っているようだが、結構面白かった。

何せ、余計な描写がほとんどない。
主人公が、悩んだり、行動を躊躇したりすることは一切なく、すべて猪突猛進。
犯人たちとの無駄な駆け引きなどもない。
これが良かった。

最後も、富豪が娘にナイフを突き付けて「取引を・・・」と言った瞬間に、これを撃ち殺している。
富豪が逃げ回り、逃げ切れないとわかると、助命を請い、そして隙を窺って、主人公に襲いかかろうとし、逆に撃ち殺される。
こんな長々としたシーンは見事に省略されている。

だから、1時間半余りの上映もあっという間だってし、実に小気味よかった。
ということで、ストーリーはともかく、主人公は強くてカッコ良かったし、面白かったので、評価は「A」とします。


ただし・・・

タイトルの「96時間」というのは、劇中で、主人公の仲間が「この手の誘拐では、96時間が勝負。これを過ぎると、もう無理だ」と言ったのが元だけど、実際には、早い段階で犯人はわかっているので、この時点では、もはや「96時間」という数字は関係がなくなっている。

原題は「TAKEN」だから、余計に時間はあまり関係ない。
これは、邦題をつけた人のセンスがあまりない、ということだろう。

映画評351 ~ トランスポーター3/アンリミテッド (09.8.15)

今回は、「トランスポーター3 アンリミテッド」

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主演は、ジェイソン・ステイサム
共演は、ナタリア・ルダコーワ、フランソワ・ベルレアン、ロバート・ネッパーなど

<ストーリー>
運び屋のフランク・マーティンの部屋に、一台の車が突っ込んできた。運転手は知人のマルコムだった。車に同乗していた謎の赤毛の女ヴァレンティーナによれば、依頼主のジョンソンに車から20メートル離れると爆破する装置の付いたブレスレットをはめられたのだという。彼女を助けようとするフランクだったが、逆に何者かに殴られ気を失ってしまう。そして気が付くと彼の腕にもそのブレスレットがはめられていた、さて・・・


結論から言うと、意外と面白かった。

前作(パート2)が、ムチャクチャだったし、一昨日見た「ナイト・ミュージアム2」といい、続編にはあまり期待できなかったので、ちょっと不安だったけど、割とストーリーもしっかりしていたように思う。

今回の依頼品が、実は大臣の娘ということが途中でわかるのだが、これによって、前後の事件のすべてがつながってくる。
勘の鋭い人であれば、序盤で「あっ、この娘、もしかして」と思うのだろうが、鈍い私としては、中盤にならないと気が付かない

後は、アクションがふんだんに盛り込まれていて、エンターテイメントとしても申し分はなかったと思う。

しかし、細かいところで、いくつか気になるところが・・・

まず、車から20メートル(映画では、22.5メートルになっていた)離れると爆発する装置、という設定が肝になるわけだけど、この設定、いろんな場面で、「あと何メートル」といったような細かな描写になっていた割には、序盤ではいいかげんな場面が。

愛車のアウディを盗まれた時、主人公はあわてて走り出し、途中で自転車に乗り換えて追いかけるのだが、あんなので車に追いつけるわけがない。
あっと言う間に、5~60メートルくらいは引き離されていた。

もちろん、監督が設定を忘れていたわけではないと思う。
「まあ、これくらいは観客も大目に見てくれるだろう」と高を括っているのだと思う。

私は、こういういいかげんな作りは嫌いだ。
何も、細かなところまでこだわれ、と言うつもりはないが、どう見たって「アウト!」という場面を、平気で「セーフ」にしてしまう展開は、見ていてあまり面白いものではない。

もう一つは、大臣の手下(諜報部員?)が、主人公を追いかけていた場面。
ガソリンスタンドで給油中に、追いかけてきたベンツが、急に止まり、中から出てきた男が立ち小○○をする。
当然のことながら、主人公たちには気が付いていて、わざと止まったのだと思っていた。
そして、再び発進しようとする。
ところが、主人公がラリっている大臣の娘を連れて、出発しようと騒いでいたら、突如手下たちは「あっ、あそこにいた!」と言って、Uターンをして戻ってきた。
この部分は、違和感バリバリ。

ヤツらは、いったい何を追いかけていたのか。
もちろん、主人公のアウディを追いかけていたはずだから、スタンドで給与しているアウディには気が付かないとおかしい。
でなかったら、相当なボンクラだろう。

わざとらしく停車なんかさせるから、どうなるのだろうと一瞬思ったのだが、その後の展開を見てがっかりしてしまった。
先の「いいかげんな20メートル」よりも、むしろ変な感じだった。

ということで、ちょっと「あれ?」という場面はあったけれど、思ったよりも面白かったので、評価は「B」とします。


余談だけど・・・

映画の冒頭でも触れていた、主人公フランクの3つの掟。

1.契約厳守
2.(依頼人の)名前は聞かない
3.依頼品は開けない

これって、民間の宅配便なら、どこでもやっていることだろうに。
まあ、2番目の依頼人の名前は、必ず聞いているだろうけど。
逆に、届け先の名前は聞いておかないと、住所だけだと、わからないだろう。

もっともらしく謳っているけど、よくよく読んでみれば、全然たいした掟じゃないぞ。

映画評350 ~ ナイト・ミュージアム2 (09.8.14)

今回は、「ナイト・ミュージアム2」

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主演は、ベン・スティラー
共演は、エイミー・アダムス、ロビン・ウィリアムス、オーウェン・ウィルソン
その他、リッキー・ジャーヴェイス、クリストファー・ゲスト、ハンク・アザリアなど
最初に、あのジョージ・フォアマンもちょっと出ていた。


<ストーリー>
NYの自然史博物館を見事に守りぬき、息子との絆も取り戻した夜の警備員ラリー。その後自分のビジネスも成功し、忙しい毎日を送っていた。ある日、久しぶりに博物館へ行くと、近代化によって不要になってしまった展示物たちが、首都ワシントンのスミソニアン博物館に運ばれようとしていた。その引越しが終わった夜、助けを求める展示物の仲間からラリーに電話が入る。NYに残されるはずだった魔法の石版が、猿のデクスターのいたずらのせいで、一緒に運び出されてしまい、スミソニアンの展示物たちまでも動き出してしまったというのだ。そして、生き返ったエジプトの王ファラオは、歴史上の有名な戦士たちをかき集めて世界征服の野望に燃えていた!あわててワシントンに向かったラリーは、仲間たちを助けるために石版を取り戻そうとするが・・・


前作が面白かったので、かなり期待していた。
ただ、通常1作目が当たった時の2作目は、ほとんど当たることはないのが不安ではあったけれど。

そうしたら、見事に不安が的中した。

とにかく、全然楽しめなかった。
まったく笑いどころがなかった、と言ってもいい。

1作目が面白かったのは、とにかく意表を突く展開だったから。
動くはずのないものが動き、しゃべるはずのないものがしゃべる。
この意外性が面白かったわけだ。

ところが、今回は、その意外性が「前提」となって話が進むので、今さら何か動こうが、何がどうしゃべろうが、もはや驚きはない。
しかも、それらがドタバタを展開するので、ストーリーとしてもわけがわからなくなっている。
いったい何がしたいのか、どうなっていくのか、興味さえ湧いてこなかった。

エジプト王とイワン雷帝とナポレオンとアル・カポネが、どう絡もうが、それはいいのだが、歴史上の偉人たちが、どっちが敵だか味方だかわからない、というのは、混乱を招くだけで、見ていてさっぱりわからない。
前作では、登場人物は最終的には、みんなある意味「味方」だったわけだから。

さらに、余計なラブ・ロマンスや、ウザい天使たちが出てくるので、個人的にも中に入っていけなかった。

なので、残念ながら、評価としては、Dに近い「C」とします。

余談だけど、主人公であるラリーが、前回は夜警だったのに、今回はいきなり富豪(会社社長)になっていたので、ずいぶん強引な展開だな、と思っていたのだが、最後の最後にその理由がわかる。
ただし、どうして富豪になったのか、ということではなく、どうして富豪でなければならなかったのか、ということだが・・・

やっぱり、強引な展開だと思う。

映画評349 ~ ザ・シューター (09.8.10)

今回は「ザ・シューター」

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ウェズリー・スナイプス主演のアクション・サスペンスで、2007年の作品だ。

主演は、そのウェズリー・スナイプス
共演は、レナ・ヘディ、イライザ・ベネット、チャールズ・ダンス、ラルフ・ブラウンなど

<ストーリー>
引退した名狙撃手の元に「殺しの依頼」が入る。それは、かつて取り逃がしたテロリストを一撃で仕留めること。危険にさらされながらも無事仕事を終えたはずだった。しかし、そこで裏切りと陰謀に巻き込まれる。次第に逃れられない局面に引きずりこまれていく。はたして・・・


私の大好きなアクション俳優の一人であるウェズリー・スナイプスの作品だが、期待した割には、アクションがあまりなかった。
どちらかと言うと、逃げ回ってばかりで、物足りなさは感じるものの、全体的にはまずまず。

特に、主人公を助ける少女エミリーがかわいかった。
通常であれば、ヒロインと言うのは、いわゆる美女が多いのだが、下手に恋愛感情を持っている女性よりは、むしろ純粋ではあるが、ちょっと陰のある少女の方が、何となく見ていて落ち着く。
この娘のおかげで、物足りなさがちょっと和らいだ、と言っても過言ではないと思う。

ただし、映像には、一部見づらいところがあって、暗闇での格闘は、ちょっとわかりにくかった。
妙にスローモーションが多かったような気もする。

ということで、好きな俳優さんの映画だから、かなり甘めになってはしまうけれど、評価としては「B」としておきます。

さて・・・

この映画は、たぶん全国公開はされていないはずだ。
このウェズリー・スナイプスは、同じく好きなスティーブン・セーガルと同様、B級アクション映画への出演が多いので、なかなかお目にかかれない。
だけど、スティーブン・セーガルの作品みたいに、「オレが、オレが」の割には、ストーリーがムチャクチャなのとは違って、なかなかの秀作もあるので、もっと人気があってもいいと思うのだが・・・

少なくとも、ジャン・クロード・ヴァンダムみたいには、なってほしくない。

映画評348 ~ G.I.ジョー (09.8.8)

今回は「G.I.ジョー」

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主演は、チャニング・テイタム
共演は、シエナ・ミラー、マーロン・ウェイアンズ、デニス・クエイド、レイチェル・ニコルズ
その他、イ・ビョンホン、レイ・パーク、ブレンダン・フレイザーなど


<ストーリー>
1990年代、世界征服をたくらむ悪の組織“コブラ”が各地で活動を活発化させていた。そして、最強のウィルス兵器「ナノマイト」を使い、パリのエッフェル塔を破壊してしまう。元々はNATOによりガン細胞破壊のため作られたが、実際はあらゆるものを破壊する威力を持っていたため、悪の武器商人デストロの手により脅威の兵器としてコブラの手に渡ってしまったのだ。コブラの脅威が各地を襲う中、アメリカ政府が送り込んだ最後の切り札。それは世界中から集められた史上最強の国際機密部隊G.I.ジョー。そして、コブラとの壮絶なバトルが始まる!


いやあ、面白かった。

何がって、やたらとハイ・テンポで、息もつかせぬ展開だったし。
しかも、敵・味方ともに、ものすごいハイテクを駆使した武器を持っていながら、双方とも、まったく防御には力を入れていないところがすごい!

まるで、広島対横浜の試合を見ているようだった。

まず、G.I.ジョー側は、砂漠の下に基地を作っていたのだが、いとも簡単に敵に見つかってしまう。
しかも、直前に「震動」は感知していたのに、敵の「侵入」には、まったく気が付いていない。

だから、簡単に「ナノマイト」を盗まれてしまうのだが、ナノマイトのある場所まで、誰にも気が付かれずにまっすぐ来た、というところが、すごい。
だって、「コブラ」は、こっそりと侵入してきたわけではない。
堂々と、基地をぶっ壊して入ってきたのに、G.I.ジョー側が気が付いたのは、「ナノマイト」が盗まれてから。
将軍がやられても、まだ気が付かないって、ある意味ものすごい守りだろう。

一方の「コブラ」の方も、守りはムチャクチャ。
こちらは、北極を基地にしていたのだが、あれだけの基地にもかかわらず、守備兵は、入口に二人だけ。
しかも、この二人がやられても、まだ警報は鳴らないし、もちろん、誰も気が付いていない。
こちらも、司令室というか基地の中枢まで簡単に入ってこられた上に、入口が爆破されると、外から水(氷水)が入ってくるという、まったくもってセキュリティがなっていない構造。

しかし、双方ともに攻撃はすごかった。
だって、お互いに乱れ撃ちだし、あれだけ撃ち合っていたら、敵か味方かも関係なく撃ち落としているだろうに。

ストーリーの方もすごかった。

敵の中枢にいるヤツらは、いずれも過去をひきずっているヤツばかり。
それが、途中や最後の方に明かされるわけで、みんな「お前らが裏切ったからだ」と言っているけど、見ていて「それは、ちょっと違うだろう」という理由ばかり。

しかも、主人公の元婚約者で、今では悪の中心人物であるアナは、途中から「あっ、ゼッタイこいつは寝返るぞ」というオーラがバリバリ。

最初は、主人公のことをボコボコに殴っていたのに、後半の方では、主人公を見る目が、明らかに「あなた、大丈夫?」だったもの。
さすがは、ハリウッド映画らしく、「愛があれば、どんな科学兵器にも打ち勝つ」という信念がうかがえる。
もう一つ、余計にラブ・ストーリーも入っていたし。

さらに、とどめは、これでまだ終わっていないこと。
悪の二人は、まだ死んではいないし、何よりも、大統領が・・・・・

ということで、最初から最後まで息の抜けない展開ではあったけれど、何だかわけのわからないお話だったので、評価としては「C」としておきます。


キャストで言えば・・・

デニス・クエイドは、こんな映画に出ていていいのか?
それに、ブレンダン・フレイザーは、キャストとして載ってはいるけど、ホントのチョイ役だった。
イ・ビョンホンは、白忍者だったから、当然のことながら日本人役。
どうして、こいつが選ばれたのか、と思っていたが、たぶん今の日本人俳優には、アクションをこなせる人が、あまりいなかったのだろう。
割と重要な役どころだったけど、特に違和感はなかった。

もう一つ、最近のハリウッド映画で気になるのは、主人公が危ない目に遭ったり、拉致されたりしたら、他の者(味方)がいくら殺されようとも、その主人公が助かった瞬間に、残っていた全員が「やった~!」と大喜びすること。
これって、ムチャクチャ違和感がある。

映画評347 ~ サマーウォーズ (09.8.2)

今回は「サマー・ウォーズ」

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これまたアニメだ。

声の出演は、神木隆之介、桜庭ななみ、谷村美月、富司純子など
お馴染み中村正などベテラン声優も出ていた。

<ストーリー>
小磯健二は少し内気で人付き合いが苦手な17歳。数学オリンピック日本代表の座をあと一歩で逃したことをいつまでも悔やんでいる理系オタクだ。健二はある日、憧れの夏希先輩からバイトを持ちかけられ、一緒に彼女の故郷まで旅行することになる。バイト内容は、「ご親戚」の前で彼女のフィアンセのフリをすること。しかし、仮想空間「OZ」のパスワードを解いてしまったことから、世界を揺るがすトラブルに巻き込まれてしまう・・・


最初は、田舎で起こった騒動を、高校生の男の子が中心となって解決する、ほのぼのストーリーかと思っていた。

そうしたら、全然違った。
あそこまで世界規模の騒動に発展するとは・・・・

展開は、はっきり言って荒唐無稽。
サブタイトルに「これは新しい戦争だ」とあったけど、こういうことだとはね。

ただ、ネットの中での騒動というのは、それに疎い人たちにとっては、何が起こっているかさっぱりわからない世界。
しかも、田舎(旧家)が舞台だから、当然のことながら、そんな世界には疎い人ばかりだろうに、最後の場面では、全員が同じ「意思」を持って、敵と戦っていた。
ここは、ちょっと違和感があった。

まあ、とんでもないシステムを開発したあんちゃんと、ネット上でのヒーローと、そしてそれと戦う理系オタクとが、同じ屋根の下に集まっていた、というのも「超偶然」だろうが、全体的には、よく考えられたストーリーだと思う。

しいて言えば、最後の戦いで選んだゲームが「花札」って、どうなんだろう。
別に「賭博」というイメージが云々というよりは、一般的にはあまり馴染みのないゲームだろうから、見ている人は、面白かったのかどうか。
「四光」や「猪鹿蝶」や「青タン」などが、バシバシ出てくるけど、あんまり頻繁にできる役ではないと思うのだが・・・

だいたい、ちゃんと変換しないもの。
「イのし課長」って、そりゃあパソコンだって「わけのわからない言葉を入れるな!」って感じじゃないの?

とは言え、陣内家のおばあちゃんを中心とした、ある意味家族の絆というテーマもそこそこあって、少しほのぼのしていた。

ということで、全体的にはそれほど悪くはなかったので、評価は大甘で「B」としておきます。

夏休みのせいか、子供向けの映画が多い。
アニメや感動ものもいいけど、何か物足りない感じ。

映画評346 ~ アイス・エイジ3/ティラノのおとしもの (09.8.1)

今回は「アイス・エイジ3 ティラノのおとしもの」(吹替版)

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アドベンチャー・アニメの第3弾。

声の出演は、爆笑問題の太田光、山寺宏一、竹中直人など

<ストーリー>
マンモスのマニーはもうすぐパパになると大はしゃぎ。一方、サーベルタイガーのディエゴは平和ボケで心が萎えており、二人は些細なすれ違いから仲違い。そんな二人の間でナマケモノのシドは寂しさを隠せずにいる。ある日、ふとした偶然から氷に開いた穴から落ちたシドはそこで3つの卵を持ち帰る。卵からかえったティラノ・キッズを「ママ」として育てると宣言したシドだが、卵を追ってきたティラノ・ママに連れ去られてしまう、はたして・・・


1作目を見て、あまり面白くなかったので、2作目は見ていない。
しかし、今作については、ネットでの評判がすこぶる良かったので、今日は「映画の日」でもあるし、見てみようと思ったわけだ。

でも・・・
見なきゃよかった。

面白くない。
馴染める部分がまったくなかった。

マンモスが活躍している時代に、恐竜が出現する、という荒唐無稽な設定については、特に文句を言うつもりはない。

しかし、いったいどこで笑えばいいのか、よくわからない。
劇場でも、笑っていたのは子供だけだったので、おそらく子供向けのアニメなんだろう。
肉食獣がうじゃうじゃいる弱肉強食の世界を描いているというのに、「みんな、仲がいい」というのは、おっさんには馴染めない。
結局、劇中で死んだ(殺された)動物は一匹もいなかったし。
死肉は出てきたけど・・・
サーベルタイガーや恐竜は、いったい何を食べていたのだろう。

もしかして、吹替版だったのがよくなかったのだろうか。
とにかく、爆笑の太田の声が耳ざわりだ。
セリフまわしも下手くそだし。
たいして役者を経験しているわけでもないのに、どうしてこいつを起用したのか、さっぱりわからない。
嫌いとは言え、竹中直人の方が、まだましだ。

山寺宏一のような、ちゃんとした声優がたくさんいる、というのに、こんなタレントばかり起用するアニメは、もう見ない。

ということで、評価は「C」とします。

映画評345 ~ 理由 (09.7.20)

今回は「理由」

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たまたまDVD屋で見つけたもの。
宮部みゆきの推理小説を元にした2004年度の作品だが、この頃は、まだ邦画をあまり見なかったので、たぶんスルーしたのだと思う。

出演は、ものすごい人数なので省略する。
ただし、最初から最後まで出ているのは、岸部一徳くらいか。
今は亡き峰岸徹や、まだ10代の宮崎あおいも出ている。
南田洋子もまだまだ元気だ。

<ストーリー>
東京都荒川区で起きた、一家4人殺害事件。容疑者の石田直澄が、簡易宿泊所の片倉ハウスに宿泊していると通報があり、江東区の交番巡査、石田は現場へ走った。事件が起きたのは3ヶ月前。高層マンションの20階、2025室から男が転落した。部屋には世帯主の小糸信治、妻の静子と、身元不明の老婆の死体があり、警察は殺人事件として捜査を始める。しかし、殺された4人は小糸家とすっかり入れ替わった別人だった。では殺された4人は、一体誰なのか?そして犯人は・・・


物語は、それぞれの登場人物に対するインタビューという形で進行する。
ほとんどすべて、と言ってもいい。

こういう手法はどうか、と言われれば、あまりいいとは思わない。
ただ、原作がそうなっているのだから仕方がない。
今回に限って言えば、珍しく原作を読んでいたので、それほど違和感はなかった。
でも、もし読んでいなかったら、この時点で話には入っていけなかったかも知れない。

とは言え、ところどころ余計な描写があったのは、ちょっと気になった。
しかも、インタビューにもかかわらず、回想シーンのつもりか、話題に出てくる当の本人が登場するなど、なかなかついていけない部分もあった。

しかし、何せ登場人物がやたらと多いので、それぞれのキャラクターを頭に入れておかないと、何がなんだかよくわからないと思う。
まあ、どこに誰が出ているか、ということも、一つの楽しみ方かも知れない。
私としては、最後の場面で中江有里が出てきたのは、ちょっと嬉しかった!?
この人、今では脚本家として活躍しているらしいので、あまりテレビにも出てこないからだ。
あと、もうすでに消えたと思われていた裕木奈江が出ていたのには驚いた。

ということで、話の中身はわかりにくいと思うけれど、「よく、これを映画にしたなあ」というのが、正直な感想だ。

原作を読んでから映画を見る、というやり方も、たまにはいいかなと思う。
評価は「B」としておきます。

映画評344 ~ ハリー・ポッターと謎のプリンス (09.7.19)

今回は「ハリー・ポッターと謎のプリンス」

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人気シリーズの第6弾だ。

主演は、ダニエル・ラドクリフ、エマ・ワトソン、ルパート・グリント
共演は、ロビー・コルトレーン、ヘレム・ボナム=カーター、ジム・ブロートベント
その他、マギー・スミス、アラン・リックマン、レイフ・ファインズなど

<ストーリー>
ついに人間界にまで広がり始めた、闇の帝王ヴォルデモートの脅威。ダンブルドア校長は、かつてホグワーツで魔法薬学を教えていたホラス・スラグホーンを復職させる。「ホラスだけが知っているヴォルデモートの弱点を聞き出せ」とダンブルドアに命じられたハリー・ポッターは、ホラスに気に入られようと計画的に近づく。一方、ホグワーツの校内では思春期ならではの恋わずらいが多発。ハリー、ロン、ハーマイオニーらも恋の甘美さと苦しみを経験する・・・


結論から言うと、今回のは盛り上がりに欠ける。
ほとんどバトルがないし、ハリーはどちらかと言うと傍観しているだけ。

それよりも、全体的に「恋話」が多い。
そちらの方が主だと言ってもいいくらいだ。
特に、ロンとハーマイオニーの二人。

ハーマイオニー役のエマ・ワトソンは、前作(2007年)で「あまり変わっていない」と書いていたが、この2年で驚くほど(?)色っぽくなっている。
やっぱり女性はわからん!

その年ごろの女性が、なぜか体ばっかりデカくなって、何だかとてもアホっぽいロンに恋している。
このロンが、他の女性からも猛烈なアタックを受けるのだが、それほどのキャラには、とても見えない。

それはまだいいとしても、わけのわからない薬を飲んだロンが意識不明の状態に陥った時、ベッドの上で、うわ言を言う時のシーン。
あれは白々しすぎて、私としてはもっとも嫌いな設定だ。

一方のハリーは、前に好きだったアジア系のチャンのことはすっかり忘れていて、なぜかロンの妹に恋する。
この妹が、あまりかわいくないので、見ていて「どうでもいいけど、早く次に進め!」と思ってしまう。

それはいいとしても、最後の場面で、重要人物でありハリーをもっとも理解してくれた人の一人であるダンブルドア校長が亡くなったというのに、ハーマイオニーがハリーに向かって、「(ロンが)妹との交際を許す、って」と言う。
こんなこと、普通あんな時に言うかね。

とにかく、恋愛話しか印象に残らない。
あれほど憎たらしいヤツだったドラコも、なぜかひ弱に描かれているし。

いずれにしても、次回が最終回らしいので、何とかオチをつけてほしいものだ。
ということで、150分はあまりにも長かったので、評価は「C」とします。
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