映画評532 ~ トランスフォーマー/ダーク・サイド・ムーン

今回は「トランスフォーマー/ダーク・サイド・ムーン」

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あらゆるテクノロジー機器にトランスフォーム(変身)する金属生命体と人類の攻防戦を、スティーヴン・スピルバーグ製作総指揮、マイケル・ベイ監督のタッグで描くSFアクション超大作のシリーズ第3弾。最終章となる本作では、物語の主戦場を宇宙まで広げ、トランスフォーマーたちによる地球侵略を圧倒的なスケールで活写


主演は、シャイア・ラブーフ
共演は、ジョシュ・デュアメル、ジョン・ターシゥーロ、タイリース・ギブソン、ロージー・ハンティントン=ホワイトリー
その他、パトリック・デンプシー、ケヴィン・ダン、ジョン・マルコヴィッチ、フランシス・マクドーランド、ヒョーゴ・ヴィーヴィングなど


<ストーリー>
1969年7月20日、アポロ11号は月面着陸に成功し、ニール・アームストロングとエドウィン・オルドリンは人類で初めて月に降り立ったが、全世界が見守ったこの歴史的偉業の陰で、NASAとアメリカ政府は、ある事実をひた隠しにしてきた。実は月の裏側には、彼らよりも先に未知の宇宙船が不時着しており・・・


いやあ、すごかった。

3Dで見たのだけど、とにかくものすごい迫力だった。
この映画は、やはり3Dで見るに限る。

ここまで迫力のある映画を見たのも久しぶり!というくらいの迫力だった。

だから、もちろん評価は「A」・・・

・・・というわけにはいかない。

いくら迫力があるとは言え、何をやっているのかほとんどわからない。

どっちが味方(オートボット)で、どっちが敵(ディセプティコン)かというのは、よ~く見ていないとわからない。

それ以前に、どんな戦いをしているのかも、よくわからない。
とにかく、あっちこっちぶつかり合って、壊しまくって、わあわあ言いながら地球人が逃げ回ってるんだけど、何だかよくわからない。
「すごい!」とは思うけど、ただそれだけ。

もっと言うと、ストーリーもある意味ムチャクチャだ。

金属体なのに何にでも変身できる、という設定自体強引なのに、もっと気の利いたものに変身すればいいものを、わざわざ車やトラック、そして四足の猛獣になんかに変身する。
「普通に空を飛んだ方がはるかに早いのに、どうしてそんなものに変身して追っかけるんだ?」と思うシーンが多すぎる。

そもそも、金属体なのに、原型が人間の格好をしている、というのはどうなの?
だったら、最初から「異星人」に設定した方が話はスムーズだったろうに。

さらに、そんな化け物のような敵に対する人間たち。
もうほとんど太刀打ちできない、というほどの圧倒的な差があるので、最初のうちはまったく歯が立たず、ただ逃げ回るだけなのに、最後の方は、みんなで応戦するばかりか、敵の何体かは倒していた。

「目を狙え!」ということで、相手の弱点を突くのはいいとして、相手の目を狙うなんてことは、最初にやることじゃないのか。
それでもダメだったから、全滅に近いほど追いつめられたはずなのに、なぜか最後は、目を撃たれた敵は、バタバタと倒されていた。

それに、敵が仲間を転送するために設置した柱を破壊したからと言って、それ以前に無数の敵がすでに地球上にいるのだから、そっちを倒すのも大変だろうに。
中でも、ショックウェーブとかいう大きな化け物は、そう簡単に倒せる相手ではない。

だけど、たった一つ「柱」を壊しただけで、相手の星(移送用?)そのものが破壊されていた。
単に「移送できなくなった」のではなく、星全体が大爆発してしまった。

この展開は、昔の「インデペンデンス・デイ」などと同じで、総力でもって無数にあるうちのたった1機の宇宙船を破壊しただけでなのに、「勝った!勝った!」となるのはどうなんだろう。

とは言え、所詮はSFアクション映画ってこんなものだから、ここまでケチをつける必要もないのかも知れない。

だけど、一番気に入らなかったのは・・・

ヒロインにまったく魅力を感じなかったこと。

どう見たって、主人公が命をかけてまでして守るような女性には見えなかったので、「主人公、がんばれ!」という展開にならない。

しかも、このヒロインは、別に特別な能力を持っているわけでもなければ、重要な秘密を知っているわけでもない。
ただ、主人公と裏切り者の男の両方から愛されていた、というだけ。

こんなヒロインが、戦闘の真っただ中に突入する(ただついていくだけ、だけど・・・)のはさすがにマズいと思ったのだろうか、「柱」の位置は彼女にしかわからない、という設定にしていた。
しかし、あんなに目立つ「柱」なんだから、そんな設定にする意味もない。

そこで、あろうことか、このヒロインにトンデモないことをやらせる。

何と、敵方(ディセプティコン)の大将を「説得する」という暴挙に出たのだ!

しかも、遠くから叫んだり、テレパシーで呼び掛けたり、とかいう難しい方法は取らない。
直接本人の前に行って、しかも相手に「アンタは騙されているのよ」と強く言い放つ。

すると言われた方は、ヒロインを叩きのめすどころか、言われたことをそのまま信じて、オプティマスを叩きのめそうとしていたセンチネルに対して攻撃を仕掛ける。
そのおかげで、オプティマスは助かり、最後はセンチネルを倒す。

この場面は、はっきり言って笑ってしまった。

いくらヒロインに魅力がなく、たいした出番がないからと言って、そんな大役を務めさせるのはムチャだろう。
ここだけ見れば、評価は「D」にしてもおかしくないほどだ。

こんなムチャクチャな展開であったとは言え、何度も言うようだけど、とにかく迫力はスゴかった。
この迫力は、今までにはなかったものだと言ってもいいと思う。

ということで、「D」にも等しいストーリーの中にもかかわらず、「A」にふさわしい映像だったことと、これでこのシリーズもやっと終わる、という嬉しさを考慮して・・・・

評価は「B」にします。
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映画評531 ~ 忍たま乱太郎

今回は「忍たま乱太郎」

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1986年に原作マンガの連載が始まり、NHKでアニメーション化もされた「忍たま乱太郎」の初の実写映画版。『十三人の刺客』の三池崇史監督がメガホンを取り、暗殺者に命を狙われてしまう仲間を救うための、主人公・乱太郎と忍術学園の生徒たちの戦いを壮大なスケールで描く。

主演は、加藤清史郎
共演は、平幹二朗、林遼威、木村風太、寺島進、山本耕史、古田新太、中村玉緒
その他、波岡一喜、柄本明、竹中直人、中村獅童、壇れい、石橋蓮司、松方弘樹、鹿賀丈史、谷原章介など

<ストーリー>
三流忍者の家に生まれた乱太郎(加藤清史郎)は両親の期待を胸に忍術学園に入学するが、そこで出会ったしんべヱ(木村風太)やきり丸(林遼威)と共に授業も試験もドジばかりの日々を送っていた。ある日、髪結いの息子で四年は組の斉藤タカ丸の家に暗殺者が出現。乱太郎たちは友達を救うために立ち上がるのだが・・・


いや~、くだらなかった。
とにかく、徹底的にふざけている。
それ以外、何とも言いようがない。

「子供向け、というよりは大人向けの映画」という前評判に、かすかに期待していたのだが、ちょっと間違えたようだ。

キャストはものすごい。
よくもこれだけ集められたものだと思う。

そして、ベテラン俳優たちが、妙なメイクをしながら、それはそれは楽しそうにやっているのがよくわかる。
特に、準主役級の平幹二朗などは、とても張り切っていた。

その他、中村獅童、壇れい、石橋蓮司、松方弘樹など、チョイ役にしては、とても贅沢な使い方だ。
谷原章介なんて、右目だけしか見えてないし・・・

そんな中、どんなメイクをしても、どんな大袈裟な演技をさせても違和感がないのが、竹中直人と柄本明。
というか、竹中直人なんて、普段から何やらせても大袈裟だったけど!?


さて、肝心のストーリーだけど・・・

これが、何だかよくわからない。

主役は乱太郎のはずだけど、最終的には、彼が大活躍したわけではない。

何せ、子供たちが多すぎるので、皆を使うのに苦労している感じ。
何もあそこまで集合させなくてもいいのに、とさえ思うほど。

さらに、途中でわけのわからないギャグがたくさん盛り込まれているのだが、これがまた中途半端。

というか、ギャグを受けてズッコける子供たちが、みな下手くそなので、ギャグとして成立していない。

私のすぐ前にいた親子(お母さんと娘さん?)は、随所にウケていたけど、どこがどう面白かったのか聞いてみたかった。

これらを考えた人は、頭の中では面白いと思っていたのかも知れないが、やる人・受ける人、それらがちゃんとしてこそ、ギャグは面白いのに。

そういう意味では、やはり日本の子供たちの演技はダメだと思う。
加藤征史郎がひとり目立つようでは、とてもじゃないけど、ハリー・ポッターのような映画は作れないのではなかろうか。

ということで、最初から最後まで唖然としながら見ていたのだけど、ここは楽しそうにヤっているベテラン俳優たちに敬意を表して、評価は「C」にしておきます。

映画評530 ~ ハリー・ポッターと死の秘宝 Part2

今回は「ハリー・ポッターと死の秘宝 Part2」

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J・K・ローリング原作のベストセラー・ファンタジー小説を映画化し、世界的大ヒットを飛ばした映画版最終章。主人公ハリーと宿敵ヴォルデモート卿の本格的決戦により、魔法界全体を二分する戦いの火ぶたが切って落とされる。

主演は、ダニエル・ラドクリフ
共演は、ルパート・グリント、エマ・ワトソン、レイフ・ファインズ、アラン・リックマン、ロビー・コルトレーン
その他、マイケル・ガンボン、ヘレナ・ボナム・カーター、トム・フェルトン、ジェイソン・アイザックス、ゲイリー・オールドマンなど

<ストーリー>
ハリー(ダニエル・ラドクリフ)は親友のロン(ルパート・グリント)、ハーマイオニー(エマ・ワトソン)らと共に旅に出る。それは長年の宿敵ヴォルデモート卿(レイフ・ファインズ)抹殺の手掛かりとなる分霊箱を求めての旅だった。だが、魔法省やホグワーツ魔法学校が次々と死喰い人の傘下に入る中、もはや誰の身も安全ではなく


いよいよ、最終章である。

ここまで、結構長かった。
実に11年たっている。
主演のダニエル・ラドクリフなんて、もう立派なあんちゃんだし。
しかも、前作Part1は、なくてもよかったような作品だったので、余計に待ち遠しかった。

ここまで引っ張っておいて、「まさかしょうもない結末ではなかろうな」と、ちょっと心配していた。

しかし、結論から言えば、評価は「A」にします。

当初感じていた「明るいファンタジー」の要素はまったくなく、とんでもなく暗い物語になってしまっていたものの、それでもよくできていたと思う。

これまでは、どちらかと言うと一話完結みたいな部分もあったのだけど、前作までの流れが、最後になって一つにまとまっていたのには感心した。

スネイプは、なぜダンブルドアを殺したのか。

もしかしたら、これがこの物語の最大の焦点だったのかも知れない。

さすがにネタばらしするわけにはいかないけれど、全体的に暗い雰囲気の中で、この事実がわかった時点で、評価は「A」に決めました。

もちろん、細かい点で不満はあった。

まず、ヴォルデモートが、ちょっと弱すぎる。
あそこまで怖がるほどの人物には見えなかった。
しかも、ハリーに対して「どうして、お前は戦わない。卑怯者!」みたいなことを言っておきながら、自分は配下のものに戦わせるだけで、ほとんど前面には出てこない。
「お前もじゃ!」と思った人も多かったのではなかろうか。

それに、ハリーが死んでいなかったことを見抜けなかったし・・・
いろいろ理由はあるだろうけど、あの時点でヴォルデモートはもう終わっている。

それと、ドラコはいったい何がしたかったのか。
ハリーがドラコを助けた理由が不明だし、最後の場面のドラコ親子の姿は、ただただカッコ悪いだけだったし・・・

あと、戦闘場面は、もっと派手だと思っていたのに、思ったよりあっさりしていた。

などなどあるけれど、トータルとして見て、ここまでの大作をよくきちんとまとめたものだ、ということに敬意を表して、評価は「A」にしました。


ただ・・・

19年後のシーンって、私はいらないと思う。

「ハリー・ポッターPart2」を作るつもりなら、まあそれでもいいけど・・・

映画評529 ~ コクリコ坂から

今回は「コクリコ坂から」

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『ゲド戦記』以来、宮崎吾朗が約5年ぶりに演出を手掛けるファンタジックな要素を排したスタジオジブリ作品。16歳の少女と17歳の少年の愛と友情のドラマと、由緒ある建物をめぐる紛争を軸に、真っすぐに生きる高校生たちの青春をさわやかに描いていく

声の出演は、長澤まさみ、岡田准一、竹下景子、風吹ジュン、石田ゆり子、内藤剛志、香川照之など

<ストーリー>
東京オリンピックの開催を目前に控える日本。横浜のある高校では、明治時代に建てられた由緒ある建物を取り壊すべきか、保存すべきかで論争が起きていた。高校生の海と俊は、そんな事件の中で出会い、心を通わせるようになる。


これは、意外にも良かった。

ジブリ作品とは言え、宮崎駿ではなく、息子が監督であり、予告編を見る限りでは、あまり盛り上がりがないような気がしていたからだ。

それに、時代は昭和30年代。
ロール式の洗濯機やガリ版印刷なんて、今の若い人は知らないだろうし、感情移入がしにくいので、どうかなとは思っていた。

しかも、中盤までは、何だかわけのわからない展開。
さすがの私も、学生たちが歌っている歌を知らなかったし、何が問題で、結局どうなるのか、ということがわからなかったし・・・

画も「ゲド戦記」と同じように、ちょっとインパクトがなかった。

さらに、予告編では、主人公二人が実は兄弟であるところまで明かしていた。
こんな秘密を予告編で明かして、後どうするんだろうと思っていたのだが・・・

それが、この後意外な展開で、最後はちょっと「ほのぼの」させるいい話。
そこに、あの主題歌はとてもよく似合っていた。

それまでは、ちょっとダレ気味だったのに、最後の最後でいい感じになった、という感じだ。

それと、声優陣は、ほぼ役者さんだったのだが、これまた意外にもあまり違和感がなかった。

特に、主人公を演じる長澤まさみは、事前に知ってはいたものの、ほぼ及第点。
「ゲド戦記」では、ボロくそに言った覚えのある岡田准一も、今回はますまず。

それ以外にも、「ん?」という人も何人かはいたけど、後で調べるまでわからなかった人もいたくらいだから、全体的には問題なし。

ということで、評価は「B」にします。


それにしても・・・

朝鮮戦争で、日本人に死者って出てたの?

映画評528 ~ アイ・アム・ナンバー4

今回は「アイ・アム・ナンバー4」

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特殊能力を有する9人の選ばれし若者の4番目の男が自身の過酷な運命に立ち向かうため、残りの仲間たちを探して見えざる敵との死闘に身を投じるサスペンス・アクション

主演は、アレックス・ペティファー
共演は、ティモシー・オリファント、テリーサ・パーマー、ダイアナ・アグロン
その他、カラン・マッコーリフ、ジェイク・アベル、ケヴィン・デュラントなど

<ストーリー>
潜在的な特殊能力を有する9人の「選ばれし若者」たちが、自分の能力や運命が与えた使命さえ知らぬまま何者かに命を狙われ続け、孤独な日々を送っていた。あるとき、彼らの中の3人が殺され、「ナンバー4」の力が覚醒(かくせい)。ジョン・スミス(アレックス・ペティファー)という偽名でアメリカの片田舎に暮らす彼は敵から逃げることをやめ、戦う決意を固めるが・・・


まあ、普通の展開だ。

特殊な能力を持った青年が、同じ運命を背負った仲間たちとともに、「悪の組織」と戦いを繰り広げる。
そこには、普通の人間との恋もあれば、チンピラとの争いもある。
学校でイジめられている青年と友達になってもおかしくはない。

しかし・・・

主人公が「宇宙人」となれば、話はまったく変わってくる。
しかも、戦う相手は「悪の組織」ではなく、主人公の星を滅ぼした星からきた別の宇宙人である。

主人公たちが住んでいたのは、ロリアンという星で、それを滅ぼしたのがモガドリアン。

ヤツらは、いったいどうやって地球に来たの?
モガドリアンは、どうして「順番」に主人公たちを殺すの?
モガドリアンは、一つの星を壊滅させるほどの科学力(技術力?)を持っているのに、どうしてロリアンを見つけるのに、あんなに時間がかかるの?
だいたい、ロリアンから逃げてきた9人(プラス守護者?)を追ってきたのは、たった数人なの?
一気に襲ってくればいいのに。
しかも、「いずれは地球も滅ぼすつもり」とか何とか言っていたけど、だったらついでにやればいいのに、どうしてロリアンしか狙わないの?
そのロリアンを滅ぼした理由も、ロリアン側が「ヤツらは、ただ滅ぼすだけ」とか言っていたけど、モガドリアンって、ただのアホなの?

別に、「どうして、ロリアン星人は、みんなアメリカにいるの?」とか、そんな野暮なことは言わない。
それに、モガドリアンが、頭に入れ墨(?)を入れたチンピラみたいな風貌で、しかもヤツらは「臭覚」が鋭いことに対しても、まあ許容範囲だから許せると思う。

だけど、どれくらい遠いのかわからない星からやってきた数人が、わざわざ地球において、しかも地球人に関係なくバトルを繰り広げる、っていう設定がそもそも違和感バリバリ。

だから、いつもであれば、「この主人公は、自分が追いかけられている身であるのを知っているのに、どうして高校なんか行くんだろう?」とか「わざわざ地球人の女性に恋をして、そのために仲間を犠牲にするなんて、バカじゃないの?」とかいう感想が先に立っていたのだけど、今回は違う。

これは、脚本というよりも設定がおかしい。

だから、最初の方で、そのあたりが明らかになった段階で、すでに脱力モードへ突入。
もう、後はどうにでもなってしまえ、という状態になってしまっていた。

後は、どんなにバトルシーンに迫力があっても、すでに興ざめになっているのだから、あまり意味がない。
これは「Dか?」とさえ思っていた。

ところが・・・

「ナンバー6」が登場した時点で、一気に反撃開始?

ただのアホである主人公(ナンバー4)と違い、彼女は勇敢だ。
しかも、とても奇麗で、やたらとカッコいい。

彼女が登場しなかったら、この映画は見る価値もなかったかも知れない、というほどだった。

アホな主人公と地球人女性・サラとの、どうでもいいラブ・ロマンスなんかより、ナンバー6の生い立ちとかを、もっと見たかった。
そう思えるほどのインパクト。

たぶん、物語はまだまだ続くのだと思う。

ナンバー5とナンバー7~9が、まだ出てきていないし。
「バック・トゥー・ザ・フューチャー」のマイケル・J・フォックスみたいなちっちゃな青年の父親探しもあるし。

最後は、それらしい描写で終わっていた。

だから、次回以降もいちおう楽しみにする、という意味で、評価は「C」にしておきます。

映画評527 ~ マイティ・ソー

今回は「マイティ・ソー」

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『スパイダーマン』などでおなじみのマーベルコミックの中でも、特に人気の高いヒーローの一人、マイティ・ソーが活躍するアクション大作。地球に追放された神の世界の最強戦士ソーが、巨悪の敵に立ち向かう。監督は『ヘンリー五世』のケネス・ブラナー

主演は、クリス・ヘムズワース
共演は、ナタリー・ポートマン、トム・ヒドルストン、ステラン・スカルスガルド、コルム・フィオール
その他、レイ・スティーヴンソン、カット・デニングス、浅野忠信、レネ・ロッソ、アンソニー・ホプキンス、サミュエル・L・ジャクソンなど


<ストーリー>
神の世界では最強の戦士といわれていたものの、横暴でごう慢な性格が災いとなり、地球へ追放されてしまったソー(クリス・ヘムズワース)。神の世界での力を失ってしまったソーに凶悪な敵たちが次々と襲い掛かり、ソーは地球でも戦いの日々を送ることに・・・


う~む、困った。

アンソニー・ホプキンスやナタリー・ポートマンが出ているというのだから、くだらないわけがない。

浅野忠信は、たいした役ではなかったし、ただのアジア枠だろうけど・・・
レネ・ロッソも、王妃役(アンソニー・ホプキンスの妻)をするほど老けてしまったのか・・・

ストーリーとしては、まずまずだったと思う。
戦いの場面も、そこそこ迫力はあったし。

それにしても、主人公のソーは、神なんだそうな。
その割には、人間たちと同じ宇宙の中で生きているし、言葉まで一緒だ。

そのあたりに違和感を持たなければ、そう気になる設定・展開でもない。
SFアクション映画としては、こんなものだろうと思う。

ただ、何となく中に入っていけなかったのは、やはり主人公が粗野で短気で、しかも頭が悪いからだろう。

だから、状況を何も考えずに短絡的に戦いを挑むし、簡単に騙されてしまうので、感情移入がしにくい。

一方の「巨人の国」の連中も、氷のバケものだし、どいつもこいつも悪人ヅラばかりなので、いくら「神との和平交渉中」とは言え、どう考えたって感情移入できるはずもない。

こんな設定だから、序盤は、見ていても感情が安定(?)しない。

しかし、今回主人公に降りかかった不幸や試練は、実はすべて父親であり王であるオーディンのせいだ。
彼のその場の感情だけに流された愚かな行動により、二人の息子たちにトンデモないことが起きてしまう。
そのあたりをまったく無視したかのように物語が進むので、単にソーは粗野だし、弟も悪いヤツにしか見えない。

どこが「常に冷静で賢明な尊敬すべき王」なんだか・・・
描き方がちょっと間違えているように思う。

しかし、どうやらこの物語はまだまだ続くらしい。

わざわざ「エンドロールの後に重要な映像が流れます」などと事前にPRした上に、いかにも次回作がありそうなシーンが出てくる。

サミュエル・L・ジャクソンなんて、いったいどこに出てくるのかと思っていたけど、まさかエンドロールの後だったなんて。
確か「アイアンマン」の時にも、最後の最後に出てきたような気がしたので、調べてみたら、それだけじゃなくて、しかもすべて「ニック・フューリー」という同じ役柄として出ている。

なんだろう、全部つなげるつもりか?

それに、ナタリー・ポートマンの出番が少なすぎるし、ソーとの関係なども中途半端なままなので、ここで終わるのはもったいない。

ということで、次回以降の期待も込めて、今回の評価は「B」にしておきます。

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