映画評564 ~ TIME

今回は、「TIME」

映画120225


テクノロジーの発展によって老化を克服し裕福な者は永遠に生きられる一方、貧しい者は寿命のために働き続けなければならない近未来を舞台にしたアクション・サスペンス。監督は『ガタカ』のアンドリュー・ニコルが務め、斬新な発想で時間に支配された究極の格差社会を描き出す。

主演は、ジャスティン・ティンバーレイク
共演は、アマンダ・セイフライド、アレックス・ペティファー、キリアン・マーフィ、ヴィンセント・カーシーザー
その他、マット・ボマー、オリヴィア・ワイルド、ジョニー・ガレッキ、コリンズ・ペニー、ベラ・ヒースコーストなど


<ストーリー>
科学技術が進歩したことにより老化現象を解決した近未来、25歳で生体の成長が止まると余命はあと1年という社会が構築されていた。富裕層は寿命を気にしなくていい一方、貧しい人々は寿命を延ばすためにあくせく働き続けなければならなかった。貧しい青年のウィル(ジャスティン・ティンバーレイク)は、時間と引き換えに裕福な男性を殺した容疑を掛けられ、追われる身となってしまう。


「命(時間)を金で買う」という設定はなかなか斬新だとは思ったのだけど、ネット上の評判があまり良くなかったので、見るのをちょっと躊躇していた。

いわく「ツッコミどころが多すぎる」ということなのだが、確かに「ん?」というところは結構あったと思う。

ただ、話の流れの中では、見逃してもあまり影響がない感じだったので、全体的には悪くなかったと思う。

「25歳で生体の成長が止まる」というのは、つまり皆見た目は若いわけだから、母も妻も娘も、みんな似たような感じなので、ちょっと気持ち悪い。
でも、それさえ慣れてしまえば、どうということはない。

主人公の青年が、どうやって富裕層が済む世界に入ることができたのかとか、逆に富裕層の娘が、どうして貧民街に入ろうなどと思ったのか、という心理的な部分も、特に違和感はなかった。

出演者で言えば、主人公のジャスティン・ティンバーレイクはなかなかカッコよかった。
共演のアマンダ・セイフライドは、「マンマ・ミーア」の時とはまったく違う雰囲気で、これまた良かったと思う。

また、時間の監視員役のキリアン・マーフィが、なかなかいい味を出していたと思う。
普段は、どちらかと言うと、悪役のイメージがある人だけど、それだけに今回の役どころは、彼のイメージだからこそできたのかも知れない。


ツッコミどころと言うか、細かい点では、やはりいくつか気になったところがある。


まず、物語は世界のすべての人たち老化現象がなくなった、という設定なのに、出てくるのはアメリカのごく一部だけ。
結局、貧民層の人たちがお金がないために早死にしなければならないのは、ある一人の富裕者が、すべての時間(命)を手に入れているから、みたいな展開だったけど、いくら何でもそれでは無理がある。

しかも、最後に主人公が、その富める者から奪い返した時間を、皆に分け与えるというシーンがあるのだけど、世界中の人間に分けるなんて、ちょっと不可能だ。
にもかかわらず、あっという間に、世界中(?)少なくともアメリカ全土の命が延びているようになっていたのは、辻褄をどう合わせるつもりだったのだろうか。


あと、貧民街にも、時間を「売る」施設(銀行みたいなところ?)があるのだけど、「時間の素」みたいなものがたくさんあったにもかかわらず、主人公に襲われた時には、何の抵抗もしなかった。
つまり、警備などまったくしていなかったわけだ。
いくら何でも、こんな銀行はないだろう。

あと、世界中の時間を持っているもっとも富める者が襲われた時も同じ。
ボディガードがついていると言っても、そのボディガードの中に主人公が紛れ込んでいることさえ気が付かないようなボディガードではいかんだろう。

このあたり、「ちょっとでも多くの時間を持っていれば、それを奪われる危険性がある」というのは、全体に流れる重要なことであるはずなのに、肝心の「奪われる危険性の高い」人たちが、まったく防備をしていないのは、見ていて違和感バリバリだ。


結局のところ、近未来らしき設定というのは「時間をお金で買うことができる」ということだけで、後は何にも変わらない。
だから、「命をたくさん持っている人は、すぐわかる」というすばらしいシステムを持っているにもかかわらず、それが「誰から誰に移ったのか」ということは、まったくわからない。
じゃあ、その命の量って、いったいどうやって量ってるのか、ということをまったく考えていない感じ。


などなど、今思い起こせば、こんな感じでたくさん出てくるのだけど、見ている間は、あまり違和感がなかった。
私がニブいということもあるだろうけど、全体の流れを束縛してはいない、ということではなかろうか。

ということで、いろいろツッコミどころはあったものの、思ったより面白かったので、評価は「B」にします。



最後に、ホントにしょうもないツッコミかも知れないけど・・・

主人公が、ギャングのボスと時間を賭けた勝負をした際、彼は「親父から習った、勝負に勝つコツ」ということで、「相手にわざと時間を取らせる。そうすると、相手は人の時間ばかり気にしているので、自分自身(相手自身)の時間をおろそかにしてしまう」みたいなことを言っていたが・・・

さっぱり意味がわからん!

相手から時間を奪っている間は、当然のことながら、自分自身の時間は同じだけ増えている。
その時間を気にしようが、気にしまいが、まったく関係ないだろうに。
時間が表示されていない方の腕同士で勝負をしているわけだから、お互いに相手の時間表示を見ているのは当たり前。
この部分、いったい何のことやらよくわからなかった。
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映画評563 ~ ものすごくうるさくて、ありえないほど近い

今回は、「ものすごくうるさくて、ありえないほど近い」

映画120219

大好きな父親を9.11のアメリカ同時多発テロで亡くした少年が、父親の残した鍵の謎を探るべくニューヨーク中を奔走する姿を描く感動ドラマ。ジョナサン・サフラン・フォアのベストセラー小説を、トム・ハンクスとサンドラ・ブロックという二人のアカデミー賞受賞俳優の共演で映画化。『リトル・ダンサー』『愛を読むひと』の名匠、スティーヴン・ダルドリーが監督を務める。

主演は、トム・ハンクス
共演は、サンドラ・ブロック、トーマス・ホーン、マックス・フォン・シドー、ヴァイオラ・デイヴィス
その他、ジョン・グッドマン、ジェフリー・ライト、ゾー・コードウェルなど


<ストーリー>
9.11の同時多発テロで、大切な父(トム・ハンクス)を亡くした少年オスカー(トーマス・ホーン)。ある日、父の部屋に入ったオスカーは、見たことのない1本の鍵を見つける。その鍵に父からのメッセージが託されているかもしれないと考えたオスカーは、この広いニューヨークで鍵の謎を解くため旅に出る。


とてもいい話である・・・・と思う。


もちろん、悪い話ではない。

しかし・・・

YAHOO!映画情報のレビューに、「上映中・序盤~中盤の劇場内では、寝息がチラホラ聞こえていたけど、終盤には、観客のすすり泣く音が劇場内を支配」とあったのだけど、まったくその通りだった。

私が見た時にも、終盤までイビキをかいている人がいたほど、中盤まではちょっとダレ気味だった。


その理由は・・・

主人公の少年に、まったく感情移入ができなかったからだ。

この少年が、あのような行動を取るようになったのは、父親があのような悲劇で亡くなったからではない。
もともと、頭がよかったせいか、いちいち言うことが理屈っぽくて、すぐに相手をバカにしたようなことを言う。
それが、父親が亡くなってからというもの、母親には内緒で行動を取るし、しかも母親が何を聞いても答えない。
とにかく生意気だ。

一方、おばあちゃんの同居人(実はおじいちゃん)に対しては、初対面にもかかわらず、ベラベラと一気にしゃべり出す。
いくら「これまで言いたくても言えないこと」を言うシーンとは言え、とても「かわいい少年」には見えない。

少なくとも「こんなガキはイヤだなあ」というイメージそのままの少年である。
こんな少年がニューヨーク中を歩き回ったところで、あまり「がんばれ!」と応援したくはならない。

このまま最後までいくんだろうか、とさえ思った。

しかし、最後の最後で、実は母親がすべてを知っていたことを少年が知る。
ここで、このイヤなガキは、やっと普通の少年になることができる。

だから、全体的には、「とてもいい映画だった」という内容のはず・・・だった。

もちろん、少年がこのような行動を取る理由はちゃんと説明されているし、それが最後に母親とのやり取りの中で、すべてが明らかになる、という展開は、申し分がないというほどよくできている。
だから、親子の心情を描くという映画であれば、文句なく傑作だと思う。


しかし・・・

最後の方で、ものすごく違和感がある部分があった。

それは、この少年が、父親が持っていた花瓶の中に入っていた封筒に記してあった「Black」という名前を見て、ニューヨーク市内の「Black」さん全員を訪ね歩くという展開。

そして、苦労した末に、とうとうその「Black」さんに出会えた、というのであれば、それはそれで良かったかも知れない。

しかし、実はそうではない。

もともと、父親が残した新聞の切れ端に、「探すことをやめない」という言葉があって、そこを赤枠で囲ってあった。
これを、父親の自分への言葉だと取った少年は、いつも大事に持っており、何かあるたびにこの新聞の切れ端を見て、自分への戒めとしていた。

ところが、目当ての「Black」さんに出会うきっかけは、まったく意外なところにヒントがあった、という展開になっている。

実は、その新聞の切れ端には、ある数字が・・・
しかも、それを赤枠で囲っている。
それは、新聞の表ではなく、裏側に記してあったのだが、その赤マジックの色が透けて見えたのである。

それに気が付いた少年が・・・ということなのだが、ここはどう考えてもおかしい!

最初、「探すことをやめない」という言葉だけが画面に出てくるのだが、実際に少年は、新聞の切れ端そのものを持っているのだから、どこに赤枠が引いているのかなんて、すぐわかるはず。

それを観客に示さないのは、ある意味卑怯だと思う。

せっかくのいい映画なのに、こんなあざといことをするのは気にいらない。


本来であれば、「まあBにしとこうか」と思うところだけど、少年に感情移入ができなかったことと、後半のこの部分がどうしても納得がいかなかったので、評価は「C」にします。

映画評562 ~ ペントハウス

今回は「ペントハウス」

映画120205-2

世界的な人気を誇るコメディー俳優、ベン・スティラーとエディ・マーフィが初めて共演を果たしたクライム・アクション。ニューヨーク・マンハッタンの超高級マンション「ザ・タワー」を舞台に、最上階のペントハウスに住む大富豪に全財産をだまし取られたタワーの使用人たちの奪還作戦を描く。監督は、『ラッシュアワー』シリーズのブレット・ラトナー

主演は、ベン・スティラー
共演は、エディ・マーフィ、ケイシー・アフレック、アラン・アルダ、マシュー・ブロデリック、マイケル・ペーニャ、ティア・レオーニ
その他、カボレイ・シディベ、ジャド・ハーシュ、スティーヴン・マッキンレー・ヘ・ンダーソン、ジェリコ・イヴァネク、ロバート・ダウニーなど


<ストーリー>
マンハッタンの一等地に建つ超高級マンション「ザ・タワー」の最上階に暮らす大富豪ショウ(アラン・アルダ)が、ある日20億ドルの詐欺容疑で逮捕される。それを機に、管理人ジョシュ(ベン・スティラー)をはじめタワーの使用人たちの全財産もだまし取られていたことが発覚。自分たちの財産を取り戻すべく、ジョシュはペントハウスに忍び込んでショウの隠し財産を奪う計画を練るが


これは、まずまず面白かった。

しかし、ベン・スティラーとエディ・マーフィなので、てっきりコメディーなのかと思っていたが、意外にもまともな感じの展開だ。

もちろん、所々で笑わせようとしている部分はあったのだが、やや中途半端な感じ。
特にエディ・マーフィの方は、現役の泥棒(?)ということで仲間に引き入れられるわけなのに、たいした活躍はしない。
逆に、皆を裏切ろうとしているのか、あるいは単独行動なのかよくはわからないけど、かつてのマシンガンのようなしゃべりは、ほとんど出てこない。

ベン・スティラーを初めとする面々も、元はと言えば、普通に働いていた人たちばかりだから、その連中がいったいどのような計画で、詐欺師の大富豪を出し抜くのか、というのが見どころのはずだけど、その辺も意外と淡々としていた。
「オーシャンズ」のように、綿密な計画を立てているようには見えなかったけれど、そこはそれ、最終的には、タワーの善良な人たちに助けられて、何とか目的を達成した、という感じだ。

FBIの女性捜査官が、実は彼らに協力して・・・という展開も考えていたのだが、それはなかった。

まあ、盗んだ金を、どうやってFBIにもわからないように隠したのか、というところと、最後に年金をだまし取られた人たちに、どうやって返してあげるのか、というところは、ちょっと「ほお~」という感じだろうか。

また「泥棒モノ」として見ると、たいしたヒネリもないので、ちょっと物足りないけれど、人間ドラマ風に見れば、それほど違和感もない。

あまり期待すると、がっかりするかも知れないが、そんなに期待していないのなら、そこそこ楽しめる映画だったと思う。

ということで、少し評価としては、かなり甘めに「B」にします。

映画評561 ~ ベルセルク 黄金時代篇Ⅰ 覇王の卵

今回は「ベルセルク 黄金時代篇Ⅰ 覇王の卵」

映画120205-1

1989年に「ヤングアニマル」で連載がスタートして以来、20年以上にわたって国内外で絶大な支持を集める三浦建太郎の大人気漫画「ベルセルク」を映画化したダーク・ファンタジー。ファンの間で高い人気を誇るエピソード「黄金時代」をベースに、巨大な剣を自在に操る剣士ガッツが壮絶な運命を切り開いていくさまを描く。監督は、テレビアニメ「トップをねらえ!」のキャラクターデザインを務めた窪岡俊之。アニメ制作には『鉄コン筋クリート』などで知られるSTUDIO4℃があたり、原作の重厚かつ壮大な世界観を見事に映像化


<ストーリー>
戦乱の世界。長大な剣を自在に操る屈強な剣士ガッツは、傭兵集団「鷹の団」を率いるグリフィスと出会う。数々の激戦をくぐり抜けたガッツとグリフィス、そして「鷹の団」の兵士たちは、固いきずなで結ばれていく。しかし、グリフィスの夢のために戦い続けることに疑問を抱き始めたガッツは、グリフィスのもとを去る決断を下す。


原作はまったく知らない。

ただ、この手のアニメは好きだ。
だから、内容を知らなくても見ることがある。

今回も、最初は架空の戦乱の世における「傭兵たちの戦い」を、普通に描いているものと思っていた。
中には、とてつもなく強いヤツがいて、それら豪傑たちが戦いを繰り広げる物語だと。

基本的にはその通りだけど、途中からやや趣が変わってくる。

主人公はガッツだけど、彼を雇った(ものにした?)グリフィスの方が、野望が大きく、大物感がある。
しかし、登場するのはこれだけではない。

何と、化け物まで登場する。
「化け物みたいなヤツ」も、結構出てくるのだけど、ホントの化け物が出てくるとは思わなかった。

とても人間には適わないような化け物だから、当然のことながら、ガッツを叩きのめしたグリフィスも勝てる相手ではない。
しかし、そこがタイトルにもある「覇王の卵」の秘密に関係することになる。

だから、この作品は3部作になっていて、後2作も今年中には公開されるらしい。
それを全部見ない限り、最終的な評価をするわけにはいかないが、ここまでのところは、まずまず面白かった。

画もなかなか良かったと思うし、ストーリー的に変な違和感もない。

内容を何も知らなくても、ここまで物語に引き込まれたわけだから、もちろん後2作も見るつもりだ。

ただ、個人的な好みを言えば・・・


グリフィスは、最初女かと思ったくらいだけど、はっきり言えば・・・

気持ち悪いというか、気色悪い!
イメージとしては、最近出ている韓流のグンソクとかいうヤツみたいな感じ。

それと、おそらくグリフィスの野望に関係してきそうな、王家の娘シャルロット。
これがまた・・・

まったくかわいくない!

この二つさえ我慢できれば、次回作も面白く見ることができると思う。

ということで、今回の評価はとりあえず「B」にしておきます。


映画評560 ~ 日本列島 いきものたちの物語

今回は「日本列島 いきものたちの物語」

映画120204

四季折々の自然を織り成す日本列島に生息する動物の家族としての記録を、岩合光昭や中村征夫といった著名な写真家たちが撮影した自然ドキュメンタリー。およそ全国30個所で30種類の動物を2年半にわたって撮影し、動物たちの愛らしい姿やしぐさ、たくましい生命力、家族愛を感動的に映し出す。

ナレーションは、相葉雅紀、長澤まさみ、ゴリ、黒木瞳

<内容>
ヒグマやニホンザル、イノシシ、キタキツネ、アザラシ、ニホンジカといった日本列島に生息する生き物たち。親子や家族で支え合って生きる動物たちの姿を、動物や自然をテーマに撮影するカメラマン、岩合光昭や中村征夫、嶋田忠らがとらえていく


もともと、この手の「動物もの」は大好きだ。

「動物」が演技をするために登場する映画は嫌いだけど、ドキュメンタリーものは、ウソがないので、見ていて楽しい。

しかし・・・


この映画は、どうにも違和感だらけだった。

まず、ナレーターが、素人ばかり。
つまり、タレントばかりが出てくる。
さすがに噛んだりはしていないけれど、とにかく聞いていて変な感じだ。

次に、どういう理由かはわからないが、動物たちに名前をつけている。
実際に飼っているわけでもないのに、「ポロ」だの「ポン」だのとつけるのはなぜだ。
特にイノシシの子供たちには「イチロー」「ジロー」「サブロー」・・・って、ふざけているとしか思えない。

たくさんの子供たちを区別するためならともかく、実際に登場(活躍)するのは、イノシシの場合「イチロー」だけだし、ニホンザルの場合は「メダカ」だけだ。
何だよ、サルに「メダカ」って。
しかも、お母さんは「アザミ」だって。
わざわざ、何でこんな名前をつけたんだろう。

そして、これが一番嫌いなことなんだけど、動物たちを擬人化していること。
つまり、動物たちが「しゃべる」わけだ。

「ぼくはイチロー。そして・・・」などとしゃべり出した時点で興ざめ。
せっかくのすばらしい映像も、動物がしゃべり出した時点で台無しだ。


さらに言うと、「日本列島」と銘打ちながら、実際に紹介されるのは北の端(北海道と下北半島)と南の島々(屋久島と南西諸島)だけ。
さすがに、全国津々浦々から引っ張ってくるのも無理だろうけど、どうしてまた両端だけなのか。

しかも、終盤はニホンザルの「メダカ」の姿を最後まで映し出すのかと思っていたら、何のことはない、中途半端にぶった切った上に、「この中で、きっと生きていることでしょう」みたいな感じで終わってしまった。
だけど、状況的には、どう考えたって生き延びられたとは思えない。

そこまで「悲しい結末」を映したくはない、というのならともかく、映画の冒頭では、いきなりヒグマがシカを襲って食べるシーンから始まる。
死んでしまったニホンザルの子供を離さない母ザルのシーンもしっかりと映しているのだから、ここだけぶった切る意味がわからない。
サルがボスの座を争う戦いでは、頬の肉がそげ落ちたようなシーンまで出てきた。


そして、最後。

相葉雅紀のナレーションで、「日本に生息する動物のうち、○○種が絶滅の危機に陥っています」などと言い始める。
これまでの流れとは、何の関係もない。
絶滅種について訴えるのなら、それらの動物たちの生態を映せばいいのに、サルとかシカとかイノシシとかクマとか、お馴染みの動物ばかり。
最後の最後で、いきなりこんなことを訴えられても、違和感しか残らない。

しかも、「同じ日本に住んでいるのだから、みんな仲間です」みたいなことまで言う。
何だかさっぱりわからない。

こんな感じで、もう全編にわたって「どうして、こうしちゃったの?」という展開。
見ていて、途中で寝てしまいそうになったくらい。呆れてしまった。

すべては、演出・構成の問題だと思う。


とは言え、もちろん面白いシーンもいくつか。

屋久島では、ニホンザルとシカが仲良く(?)しているシーンや、ヒグマの兄弟の別れ(?)のシーンなどは、初めて見ることもあり、とても印象的だった。


期待していただけに、非常にがっかりした。

ということで、本当なら「D」でもつけたいところだけど、動物たちに罪はないので、評価は「C」にします。

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