映画評360 ~ しんぼる (09.9.19)

今回は「しんぼる」

eiga090919.jpg

あの松本人志が監督・主演した話題?の作品だ。

<ストーリー>
メキシコのとある町。妻子と父と暮らすプロレスラー「エスカルゴマン」は、いつもと変わらぬ朝を迎えていた。しかしその日、妻は彼の様子がいつもとは違うことを感じていた。それは今日の対戦相手が、若くて過激なレスラーだということだけでなく、何かが起こりそうな妙な胸騒ぎを感じていたからだった。一方、奇妙な水玉のパジャマを着た男は、目を覚ますと四方を白い壁に囲まれた部屋に閉じ込められていた。ここがどこなのか、そして・・・


いやあ、見て良かった。

「たぶん、笑えないだろう」と、見る前から思っていたのだが、いくら何でも見ないで酷評するわけにはいかない。
それが、今回見ることにした理由だ。
そういう意味で、「見て良かった」

なぜなら、予想通り「まったく笑えなかった」から。

具体的にこの映画が笑えない理由について、冷静に分析(?)してみたい。

まず、松ちゃん演じる主人公は、基本的に「頭が悪い」
と言うよりは、やることが、いちいち「あり得ない」

目を覚ますと、真っ白な壁に囲まれた部屋に閉じ込められていたのだが、突如現れた天使(?)のあそこ(シンボル)をつつくと、笛を吹いたような音がした後、何かわけのわからないものが、壁から飛び出てくる。

普通は、そのような状況に陥った時、壁に無数に現れたシンボルを、手当たり次第に押していくはずだ。
何がどうなるのかわからないけど、とりあえず、そうするしかないからだ。

ところが、主人公は、出てきた物に対して、いちいち反応する。

最初は、歯ブラシが出てきたが、主人公はわざわざ取りに行って、それを拾い上げ、持ち歩く。
次に出てきたのは、拡声器だが、これも拾い上げて、果てのない天井に向かって叫ぶ。
次には、盆栽が出てくるのだが、これまたわざわざ近くまで見にいく。
菜箸が出てきた時などは、なぜか気に入ったらしくて、ず~っとシンボルを押し続ける。

つまり、「イロモネア」で言うところの「モノボケ」をやっているわけだ。
彼は、なぜその部屋に閉じ込められ、そしてなぜシンボルを押すと何かが出てくるのか、そして、彼はいったいどうなるのか。
などと言う筋書きなんかどうでもよくて、とにかく物に対する反応で笑いを取ろうとしている、たぶん。

ところが、その「モノボケ」が中途半端なものだから、まったく笑えない。
歯ブラシが出てきても、盆栽が出てきても、彼は何もしない。
菜箸の時も、延々と菜箸が出てくるのだが、ただそれだけ。
寿司が出てきた時などは、意味もなく延々と食べ続けているし、その後の場面でも、壺いっぱいに寿司を詰め込むなど、なぜか寿司にこだわっている。
でも、笑えない。

しかも、シンボルを押すのに、いちいち悩んでいる。
「何か」が出てくるのだから、手当たり次第に押せばいいのに、とにかく悩む。
そうしないと、まるで「間が持たない」と言っているかのように。

この「頭の悪さ」は、時にイライラする。

あるシンボルを押すと、偶然にも扉が開く(しかし、すぐに閉じてしまう)ことがわかった時、彼は「これで脱出できる」と喜ぶ。
しかし、今押したシンボルが、いったいどれだったのかわからず、彼は悩む。

こう書くと、何だか「ありそう」な場面のように思うかも知れないが、その時、目の前にあるシンボルは、たったの5つ。
どう見たって、間違えるわけがない。
それ以前に、例え忘れたとしても、悩む必要なんかない。
すべてのシンボルを押してみればいいのだから。

このあたりの展開が、意味もなくダラダラと続くので、見ていてイライラしてしまう。

結局、扉をなんとか開けたままにするのに、いろいろと努力するのだが、このあたりは、少し考えている感じはする。
ただし、笑えないが。

ところで、ここまでは松ちゃん演じる主人公についてだけ書いているが、実は冒頭を含めて、メキシコを舞台とした、あるプロレスラーの話が展開される。
それが、「ストーリー」にある部分だが、これが最後に松ちゃんと繋がることになる。

この繋がり方というのが、まさに奇想天外!
この部分で笑えるか、笑えないか、が評価の分かれ目になるような気がする・・・

というのは、もちろんウソで、意外と言えば意外だが、明らかに観客をナメたようなことを松本監督はやった。

その直前に、主人公は、なんとか扉を開けることができ、その部屋から脱出しようとするのだが、走り回ったあげくに、結局また元の部屋に戻ってしまう。
しかし、壁にあるシンボルが変わっており、主人公は、試しに一つのシンボルを押してみる。
すると、音はするけど、何も出てこない。
一方、先に挙げたプロレスの試合で、劣勢にたたされていたエスカルゴマンの首が、突如伸びる。

たぶん、これを読んでもすぐには理解できないと思う。

タッグマッチで、相手の悪役チームの一人に羽交い絞めにされ、もう一人から椅子による凶器攻撃を受けようとした、まさにその瞬間、エスカルゴマンの首がひゅっと伸びて、相手レスラーに頭突きをかませるのだが、その時主人公がそのシンボルを押していた、というわけだ。
つまり、このシンボルは、押すとエスカルゴマンの首が伸びるようになっていたのだ!

その後も、シンボルを押すと、世界各国で、いろんな出来事が起こる。
いきなり、世界各国である。
と言っても、それらの出来事はすべてしょぼい。

そして、最後は・・・・

松本監督は、もうどうでもいいと思ったのか、主人公がシンボルをつたって、壁を登り始める。
と言っても、足が乗せられるようなモノでもないので、実際には宙を浮いている感じ。
そして、いつの間にか、髪が伸び、ひげも伸び、まるでオウム真理教の麻原彰晃のような顔になってくると、一気に空を突きぬけて天へ・・・
最後は、壁に突き出た大きなシンボルに手を伸ばしたところで、ジ・エンド。

見ている側としては、何をどうしていいのかわからない。
ただ唖然とするのみ。

劇場には、私を含めて14~5人がいたのだが、上映中クスリともしていなかった。
それはそれは静かな館内でした。

さて、オチがないことはわかった。
それまでの伏線も、たいした筋書きの上でのものではないこともわかった。
これで、この映画を評価するのか?
それは難しい。

今考えていることは、以前日記に書いたことと同じ。

http://www3.diary.ne.jp/logdisp.cgi?user=336766&log=20070615

つまり、たぶん松ちゃんは、この映画を見て大笑いする、あるいは絶賛するヤツらを見て、大笑いしているんだと思う。
「この映画の、どこが面白いの?」というわけだ。
でなければ、「あの」松ちゃんが、こんなクソ映画を作るわけがない。

以前、あの「頭頭(とうず)」というビデオ映画を作った時も、映画終わった後のコメントで「まっ、こんなもんですけどね」と言っていた。
これが、彼の本心だ、とそう思いたい。

ということで、今回は評価しません。

さて・・・

「しんぼる」についてネットで見ると、点数で言えば、だいたい「5点満点中、3.3点」くらいだ。

しかし、これは「まあまあ」という評価ではない。
1点・2点という厳しい評価が多い中、5点満点をつける者が結構いる。

映画について、面白かったか面白くなかったかは、人それぞれであり、別にどう評価しようが勝手だ。
この映画について、大笑いしたり、絶賛したりしたって別におかしくはない。
それがホントなら・・・

しかし、中には明らかにウソをついている者がいる。

例えば、こんなやつだ。

『しんぼるを見たい人々が徹夜で映画館に並んでいたので、なかなか見れませんでしたが、ようやく見れました。大ブームになる理由が分かりました。どんな笑い下戸もわらってしまう不思議な映画でした』

⇒まず、「徹夜で並んでいたから、なかなか見れなかった」という部分だけで、ウソとわかる。
だいたい「なかなか見れない」の意味がよくわからない。
「その日は見られなかった」のか、あるいは「並んでいたので、席につくのに時間がかかった」のか。
後者であれば、こんな表現は出ないはずだから、たぶん前者だろう。
でも、それほどの人が並んでいたら、当然ニュースになるはず(これまでに、そんな映画などなかった)だ。
「大ブーム」とか言うが、まだ公開して間もないし、「どんな笑い下戸も笑ってしまう」と言うが、自分のことならともかく、まわりの人のことまでわかるはずがない。


『始めから、終わりまで、清々しいほどに笑いで埋め尽くされていました。中には、笑いすぎて腰がぬけた人も周りにいました。心底、行って良かったと思いました』

⇒これなんかは、典型的なシンパだろう。はっきり言ってウソつきだ。
 だって、「初めから終わりまで、笑いで尽くされる」なんてことはゼッタイにない。なぜなら、全体的に「これから、どうなるんだろう」という気にはなっても、笑う場面はそう多くはないからだ。


『劇場は、満員だったので、立ち見でしたが、幸せな時間を過ごせました』

⇒これは、いったいどこの映画館だろう。
今時、場末の映画館でさえ、指定席化されている、というのに。
立ち見って、今はほとんどないと思うが・・・


『映画ファンであるならば、誰にでも特別な一本の映画があります。僕は、この映画が、大事な映画になりました』

⇒「大事」とは、どういう意味だろう。


『松本という男は、なんと憎たらしいんだろうか。歴史的快挙を、あっさりと成し遂げる。
ずば抜けたインパクトと緻密なストーリー。映画の価値を大幅に上げてくれた。今後も松本が、映画界を変えてくれるだろう』

⇒これまた「歴史的快挙」とは、何を指しているのだろう。
映画界を変えるような演出とか、ストーリーとか、何かあっただろうか。


とにかく、絶賛するのはいいが、世の中全体が大笑いしている、かのような言い方をしているのは、単にこの映画を流行らせたいだけなんだろうか。
まあ、誰かが「流行っている」と言っただけで、ホントに流行ってしまうお国柄だし。

しかし、中には、これは「神」を描いたものだ、と解説してくれる人がいる。
松ちゃんの役は「神」そのものだ、と。
お前ら、そんなこともわからずに酷評してるのか、と。

ならば、なぜ神様が部屋に閉じ込められたりするのか。
そこから脱出して、いったい何になるつもりだったのか。
そもそも「神」を閉じ込めたのは、いったい誰なんだ。

それこそ、単に天使が出てきたり、しんぼるを押すと何かが起こったり、それだけを捉えて「これは、神だ!」という方が短絡的なような気がするのだけど・・・
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