映画評426 ~ 劇場版TRICK 霊能者バトルロイヤル (10.5.8)

今回は「劇場版TRICK』霊能者バトルロイヤル」

eiga100508.jpg

主演は、仲間由紀恵、阿部寛
共演は、生瀬勝久、松平健、夏帆、戸田恵子、野際陽子
その他、平泉成、きたろう、島崎俊彦など

<ストーリー>
霊能力者「カミハエーリ」が統治する万練村では、その後継者を決める大会が行われようとしていた。貧乏なマジシャン山田奈緒子は、霊能力者に成り済まして大会に参加し、村の財宝をネコババしようと画策するが、バカげた風習を辞めさせるために招かれた物理学者の上田次郎とはち合わせてしまう。


直前に「劇場版2」を見ていたおかけで、ある程度の覚悟はできていた。

だから、基本的に「ドタバタ劇」というのは頭に入れていた。
しょうもないギャグの連発に、ベタなコッコミなどは想定範囲内。

今回のギャグは、「オレたちひょうきん族」時代に、元ヒップアップのリーダー・島崎がやっていたアダモステのギャグ「ペイ!」が中心となっている。

「今、どうしてひょうきん族?」というツッコミは、もはや無意味だ。
だから、所々笑える部分はあった。

それと、「謎解き」の部分が、意外にもベタだ、というのも予想通り。

脱出トリックのすべてに、「裏口がある」という事実に対して、村民がそれを確かめることはゼッタイにない。

松平健扮する詐欺師が、「決して死なない」不死身男をバラバラにして殺すトリックも、「あんなの人形に決まっているじゃないか」というツッコミはしてはいけない。
もちろん、村民が死体を確認することなど、ゼッタイにない。

だけど、ここまではいい。

しかし、夏帆演じる双子の女の子による「瞬間移動」トリックについては、ものすごく違和感があった。

あのマジックをやった時に、鈍い私でさえ「もしかして双子?」と思ったくらいのトリックだが、実際にそうであったのは、まだいい。
しかし、双子の一人(棺桶に入った方)は、何とホントに死んでしまう。
というか、殺されたわけだけど・・・

この部分だけ、なぜかシリアスな内容になっている。
崖から落とされた棺桶を村民が確かめないのは、しょうがない。(ルールだから)
しかし、トリックを使った側が、あの棺桶をそのままの状態にしておく理由は、いったい何だ。

一応隠したのだけど、主人公たちに暴かれてしまった、というのなら、まだわかる。
しかし、まったく放置の状態だった。
そして、それを見つけた村の青年が嘆き悲しむ中、双子の片割れ(実は殺人の共犯者)は、崖から飛び降りて死んでしまう。

実に悲しい事件なんだけど、映画ではこの部分をたいして重要視していない。

他のインチキ霊能者たちが殺されるのは、まだいい。
どうせロクでもないヤツらばかりだし。
だけど、この双子の女の子たちは、むしろ事件の被害者であり、当然のことながら、事件の背景につながってくる部分のはずだ。
にもかかわらず、ほとんど無視、というのはいかがなものか。

この監督は、何でもギャグにすれば、それでいいと思っているのだろうか。

それならそれでいい。
だから、「瞬間移動って、実は双子だっただけだよ~ん」ということで、笑いで終わらせるならまだしも、なぜかここだけシリアスにしたせいで、ものすごい違和感となったわけだ。

途中までは、ベタベタな展開にも悠然と見ていたのだが、ここは思わず「えっ?」となってしまった。

もうこの監督の作品には、何も期待できない。

ということで、想像以上にヒドかったので、評価は「D」にします。
もう、このシリーズは見ません!

登場人物で言えば、特に違和感のある人はいなかった。
みんな、それぞれ「怪しい」人物を演じているわけだし。
それに、アダモステはしょうがないし。
夏帆ちゃんは、久しぶりに見たけど、相変わらずかわいくて良かった。
それだけ。


ついでに言うと・・・

最後の場面で、周りを火に囲まれた主人公たちが脱出する方法だが、何だか無理がある。
あの広い野原で、輪の形に火をつけた場合、劇中ではすべて内側に収束する形になっていたが、どうして外側にも広がっていかないのか。
一方向にしか広がっていかないなんておかしい気がするのだが・・・

だから、「火をもって火を制す」という教訓でもって火を消す方法(山火事などで、実際にやる方法だが)だけど、今度は内側からつけた火が、なぜか外側にしか広がっていかない。
あれは、自分たちのまわりの枯れ草をあらかじめ刈っておいた状態でやらないと、意味がないと思う。
たぶん、監督たちは、この方法の意味をよく理解していなかったのではないか。

さらに、おまけ。

火に襲われた時に、それを消そうとして、「水」をかけたつもりが、実は「油」だった、というシーンが2度出てくる。

しかし、これも「ない」だろう。
桶ですくった時の感触といい、重さといい、においも含めて全然違うはずだ。
「暗かったから」とか「透明だったので」という言い訳は、あてはまらないと思う。

さらに思い出したので書くが・・・

戸田恵子演じるエセ霊能力者が殺された場面も違和感あり。
ネズミ一匹入り込めないようにした部屋の中で、毒蛇に咬まれてしまったわけだが、その蛇がどこからは言ってきたか、というトリック。

実は、食事を入れた食器のフタが二重構造になっていて、そこにあらかじめ仕込まれていた、というわけだが、これもおかしい。
なぜなら、直前に「毒見はしたのか」というやり取りがあったからだ。
毒見をするのに、二度三度ふたを開けているはずで、その時当然蛇に気が付いたはずである。

とにかく万事がこの調子で、要するにこの監督は、トリックというものを、安易にしか捉えていない、のだと思う。


ここで、畔上道雄さんという方が、かつて古今の推理小説のトリックが科学的であるかどうかを検証した「推理小説を科学する」という本のことを思い出した。

畔上氏は、探偵=犯人であるという新しいトリックを思いついたヴァン・ダインのことを、かなりこきおろしている。
彼は、「服装が変わり、メガネをかけただけで、まったく別の人と間違えてしまう」としたヴァン・ダインに対して、「人が人を判断するのは、単に見かけだけではなく、その人の振る舞いを含めた全体的な印象で判断するのだ」と言っている。
そして「今、教室から出ていった先生が、服装を変えて、なおかつメガネをかけて再び入ってきたら、生徒たちは、『誰だ? あの人は』と思うだろうか。そんなことはない。クラスの誰もが、先生であると認識するはずだ」と言う。
だから、「このトリックはあり得ない」と酷評する。

つまり、この監督も同じこと。
くだらないギャグを思いつくのであれば、もっと基本的なことを理解すべきじゃなかろうか。
題材としては、とても面白いのだから、別の監督さんだったら、こんな評価になることはない!

と思いたい。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

アクセス数
プロフィール

はぶて虫

Author:はぶて虫
はぶて日記(映画版)へようこそ!

検索フォーム
最新記事
最新コメント
リンク
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
映画
628位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
レビュー
293位
アクセスランキングを見る>>
月別アーカイブ
最新トラックバック
カテゴリ
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR