映画評448 ~ ある日どこかで (10.7.19)

今回は「ある日どこかで」

「午前10時の映画祭」第11弾は、1981年公開作品。

主演は、クリストファー・リーブ
共演は、ジェーン・シーモア、テレサ・ライト、スーザン・フレンチ、クリストファー・プラマー
その他、ビル・エルウィン、ジョージ、ヴォスコヴェック、ジョン・アルヴィン、ウィリアム・H・メイシーなど


<ストーリー>
母校で初演を迎えていた新進の劇作家リチャードのもとへ現れた老婦人は、金時計を手渡すと「帰ってきて」という言葉を残し去っていく。数年後、再び母校を訪れたリチャードはその町のホテルで一枚の肖像画に心を奪われる。そこに描かれた美女エリーズは、かつての老婦人の若き日の姿だった。日増しに膨れ上がる彼女への想いに苦しむリチャードは、ついに時間の壁を越えエリーズと出会う。


さて、これって名作なのか?

感動した、と言う人は、これのいったいどこに感動したのだろう。

まず、二人の関係がよくわからない。

スーパーマンことクリストファー・リーブ演じる主人公リチャードは、1980年代の人だ。
一方のヒロイン・エリーズは、1910年頃の人。
結果から言えば、リチャードが何からしの方法によって過去へ行き、そこでエリーズと会い、恋に落ちる。
そして、急にいなくなったリチャードのことが忘れられないエリーズは、晩年に、リチャードを再び見つけて、「私の元に帰ってきて」と言う。

まずは、ここだ。

エリーズからすると、1980年年代に出会ったリチャードは、あくまでも「リチャードにそっくりな人」であって、常識的には、若い頃出会った本人に出会えるはずがないので、「あっ、リチャードだ」と思う方がおかしい。

しかしまあ、人智を超える何かでもって、「リチャードだ」とわかったとしよう。
だけど、その時点で年の違いを感じないのもおかしい。

一方のリチャードは、晩年のエリーズに会った時には、彼女のことを知らない。
劇中では「往年の大女優に似ている」などという会話も、もちろんない。

にもかかわらず、リチャードはホテルの資料室でたまたま見かけた肖像画を見て、一目ぼれしてしまい、なぜか彼女のことをいろいろと調べ始める。
この時点でも、あの老婆がこの肖像画の女性であるとは気付いていない。
それに気が付いたのは、エリーズのことを図書館などで調べた後だ。

これもまあ、運命が導いたもの、と解釈できないこともない。
しかし、ここでリチャードは、なぜか過去へ飛びたいと考える。
この展開が、さっぱり理解できない。

あの老婆が、肖像画の女性であることがわかったからと言って、どうして「過去に行ってみたい」などと思うのだろう。
そんなヤツは、はっきり言って頭がおかしい。

しかも、自分が卒業した大学へ行って、物理学関係の教授(たぶん)に対して「過去へ行くことができますか」と、軽~く質問し、質問された教授も「実はな、・・・」と簡単に答える。

その方法と言うのが、あろうことか「強く念じれば、たぶん行ける!」というもの。
こんなのありか?

別に、科学的に説明しろとは言わないけど、こんな安易な方法で過去へ行くなよ。
だったら、「ある日突然、過去に飛んじゃった!」という展開の方が、スムーズに受け入れられるぞ。

そして、過去に飛んだのはいいけれど、その時のエリーズは、まだリチャードのことを知らない。
当たり前だ、もともと出会えるはずがないのだから。
ところが、彼女はリチャードを見るなり、いきなり「あなたなの?」と聞く。
もう、何がなんだかまったくわからない。

実は、そのセリフを発したのは、彼女のマネージャーが、そう予言したから、ということになっている。
彼女の才能を掘り起こした人物であるマネージャーは、未来が予見できる、ということらしい。
何か、取って付けたような言い訳だ。

そんな二人は、一目で恋に落ちる。
って、先週見た「ロミオとジュリエット」と同じ展開だけど、出会いに必然性がまったくないので、このあたりは感情移入できるものがない。

しかし、リチャードを危険視(?)したマネージャーは、リチャードを陥れ、気絶させて馬小屋に放り込んだスキに、劇団共々次の旅先へ急ごうとする。
目を覚まして、それに気付いたリチャードは、ホテルでただ茫然とするのみ。

だけど、エリーズはなぜか劇団についてはいかなかった。
劇的な再会を果たす二人・・・

・・・って、おい!

マネージャーは、エリーズがいなくなったことに、全然気が付かなかったのか?
あれだけ、二人を引き離そうとしていたくせに。
しかも二人は、再会後も同じホテルに滞在していたのだから、戻ってくればすぐに見つかるはずなのに。

だけど、そんな描写も一切なく、二人は結婚を約束して幸せに・・・

・・・というわけもなく、リチャードは突如現代に呼び戻される。

落胆した彼は、完全に抜け殻状態となり・・・と思っていたら、ホントにそのまま死んでやんの。
もうムチャクチャ。

これの、いったいどこが「純愛物語」なの?
ただの頭のおかしいストーカー男と、その男のせいで引き籠りになってしまった女優の物語じゃないか。

解説には「タイムトラベルとラブロマンスという当時では珍しい組み合わせで、公開当時の興行成績は伸び悩んだ」と書いてあるけど、そういう問題じゃないと思うぞ。
もっと根本的な問題。
つまり、「なんで、この二人って、こんなに愛し合ってんの?」と思わせるような展開ではダメだと思うわけ。

朝から感動できるかと思っていたのに、とんだ作品に出会ってしまった。
ということで、評価は「D」にします。


主人公を演じたクリストファー・リーブは、いい男かも知れないが、私からすると、作ったようなあの顔は好きになれない。
スーパーマンをやっている方が、まだしっくりする。

ヒロインのジェーン・シーモアも、綺麗な女性だけど、先週見たオリビア・ハッセーのイメージがまだ残っているので、とてもじゃないけど感情移入できなかった。

見たタイミングが悪かったのかも知れないけど、後で振り返ってみても、これのどこがいいのか、さっぱりわからない。


ところで・・・

あの懐中時計は、いったいいつ彼から彼女に渡されたのだろうか。
そんなシーンはなかったし、もともとどちらの持ち物かもわからない。
まあ、今となってはどうでもいいことだけど。

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弁護します

懐中時計の起点が不明なことはこのタイムトラベル最大の欠点だと思います。
「頭のおかしいストーカー男と、その男のせいで引き籠りになってしまった女優の物語」という見方もわからなくもありません。
この映画が気に入らないのはわかったけど、とはいえあまりにケチのつけ倒しという感じなので一寸弁護をします。
①リチャードが目前で突然消えた後、エリーズは懸命に彼を探したであろう。しかし、劇作家としてはもちろんリチャード・コリア―という人間の存在は一向につかめなかったはず。その22年後の1934年に、ラフマニノフのラプソディーが作曲され、それを聞いたエリーズは、リチャードが口ずさみ題名ま教えてくれた曲であること、突然目の前で掻き消えた現象から、彼が未来から来たのでないかという思いに至った。時間旅行に関する研究者フィニー教授の著書を読み続けていたことからも、リチャードは未来人という考えが深まっていたことを推測させる。
1972年のリチャードコリアはまだ駆け出し学生劇作家として、大学での初演作品ながらも、好評でブロードウェイから声がかかる出来栄えであった。その作品の打ち上げ日に、老婆のエリーズが現れたのは、彼女の探索網に劇作家リチャード・コリア―の名が初めて登場したということでは。
1912年に合った時、リチャードはシカゴから来たといっている。グランドホテルに住んで、その周辺に的を絞れば、人智を超えなくても網にかかるし、劇作家として世に出ようとする若きリチャードを見れば、本人だと判ったはずだ。
名前と職業と容貌や声の一致。それまでに未来から来たのではという疑念を抱いて探していたのだからチャードに似た人どころか確信だったでしょう。
だからこそ「私のもとに帰ってきてね」と言って大切な思い出の時計を渡したと。
②ホテル資料室に飾られたエリーズのポートレート写真は、あの晩、舞台の幕間に撮影されたもので、カメラの脇にリチャードが現れエリーズを熱いまなざしで見つめ、エリーズもリチャードに気付き、喜びの笑みを浮かべて見つめ返す瞬間にシャッターが切られたもの。 もともとリチャードを一心に見つめる写真であり、当のリチャードがその視線や笑みに時空を超えた魅力を感じるのは当然といえる。
③リチャードが調べるにつれ、エリーズと自分との絆は深いことがわかる。自分の大好きなラフマニノフのラプソディーをグランドホテル模型の特注オルゴールにしたり、時間旅行の研究書を読んだり、死の直前に自分の初演を見に来て「私のもとに帰ってきて」と、それまで肌身離さず持っていたという大切な懐中時計を手渡した女性であること。1912年のグランドホテルでの一晩だけの舞台公演を境に、彼女の性格・生き方が変化したことなど。運命的な出会いを予感させるのもわかる。
グランドホテルで上演のあった前後に自分との接点があったのではという推論と、母校の教師でもあっるフィニー教授の説や経験談から、時間旅行が可能なのではという確信に至ったのは突飛とはいえ無理はない。
なお、コスチュームや環境を整えた上の自己催眠による時間旅行はこの原作だけのトンデモ理論ではなく、タイムトラベルの名作「ふりだしに戻る」(ジャック・フィニイ作)で既に使われたアイデアである。それゆえに、教授はフィニーという名にしてある。つまりタイムトラベル界では既に知られた方法であった。
④マネージャーのロビンソンに未来予知能力がありそれを確かな力と感じさせる経験がエリーズにはあった、という前提が垣間見られますよ。
⑤エリーズはロビンソンに「運命の人リチャードは必ず見つけ出す。邪魔はさせない」と宣言している。1時間以内に出発するというロビンソンに抵抗し、一人ホテルに留まり、朝まで懸命にリチャードを探したという理解は自然だです。
いざとなれば自分の意思を通す力のある有力女優であったという設定から、これも頷ける。
あとは嗜好の問題でしょう。遅レス失礼しました。

コメントをありがとうございました

>どこかのあひるさん

3年前に見た映画なので、実はほとんど覚えていないのですが・・・

基本的に、映画って、個人の好き嫌いで、面白かったか面白くなかったかが決まるとは思うのですが、中にはどこかのあひるさんが説明してくださったような、それぞれの言動の理由や背景、あるいはそれらの前後関係とかを理解していないくせに、「つまんない!」と思ってしまう場合もあるでしょう。

しかも、それは私自身に理解する能力(?)が備わっていないのが原因なので、どこかのあひるさんから見れば、「アンタ、そんなんでよく映画を見ることができるね」と思っていらっしゃるかも知れません。

でも、それでも私は映画を見ることが好きで、特に今回のように、見終わった後でボロクソにけなす、というのも、私の楽しみの一つ(ストレスの発散?)なのです。

もちろん、思い込みが前提です!?

なので、「それは違うよ」というものがあれば、またご指摘ください。
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